「規程のひな形に『労働安全衛生法第66条の10に基づき』と書いてあるけれど、66条の10って何?」——ストレスチェックの担当になった方が、最初につまずくところです。
先に結論です。労働安全衛生法66条の10は、ストレスチェック(心理的な負担の程度を把握するための検査)と、高ストレス者への医師の面接指導を会社に義務づけている条文です。1項から9項まであり、「検査をする」「結果は本人へ。同意なしに会社へ渡さない」「申出があれば面接指導」「医師の意見を聴いて就業上の措置」という一本の流れになっています。
現場で話していると、「66条の10ってなんだろう」と感じている方が本当に多いです。ただ、産業医の目で読むと、条文そのものはよくできた、ちゃんとしたルールです。この記事では、条文を1項ずつ「会社は何をすればいいか」に置き換え、細かいルールを定めた労働安全衛生規則52条の9〜21の早見表、よくある誤解、罰則、2028年4月の改正までをまとめます。
66条の10とは——ストレスチェック制度の根拠条文

労働安全衛生法(安衛法)の第7章「健康の保持増進のための措置」には、会社が行う健康管理のルールが並んでいます。66条の10はその一つで、見出しは「心理的な負担の程度を把握するための検査等」。法律の言葉では、ストレスチェックを「心理的な負担の程度を把握するための検査」と呼びます。条文名で探しても見つけにくいのは、この呼び名のせいです。
| 条文 | 内容 | 対象 |
|---|---|---|
| 66条 | 健康診断 | 体の健康状態を年1回確認する |
| 66条の8 | 長時間労働者への面接指導 | 時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積がある人 |
| 66条の10 | ストレスチェックと面接指導 | 心理的な負担の程度を年1回確認する |
66条の10は2014年(平成26年)6月の法改正で新設され、2015年12月1日に施行されました。目的は、うつ病などのメンタルヘルス不調を未然に防ぐ「一次予防」です。本人がストレスに気づくこと、そして職場環境の改善につなげることが狙いで、病気の人を見つけるための検査ではありません。制度の全体像はストレスチェック制度とは?にまとめています。
条文を1項ずつ読む——1項から9項の意味と、会社がやること

66条の10は9つの項でできています。会社(事業者)に義務がかかるのは1項から6項まで。7項以降は国の役割です。
| 項 | 条文の要旨 | 会社がやること |
|---|---|---|
| 1項 | 事業者は、労働者に対し、医師・保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない | 年1回、ストレスチェックを実施する。実施者(医師・保健師など)を決める |
| 2項 | 検査の結果は、検査を行った医師等から本人に通知されるようにする。医師等は、本人の同意を得ないで結果を事業者に提供してはならない | 結果は実施者から本人へ直接届く形にする。会社が結果を受け取るのは、本人が同意した場合だけ |
| 3項 | 高ストレスなどの要件に当たる労働者が面接指導を希望する旨を申し出たときは、医師による面接指導を行わなければならない。申出を理由とする不利益な取扱いは禁止 | 申出の窓口を決め、申出があれば医師の面接指導を手配する。申し出た人を不利に扱わない |
| 4項 | 面接指導の結果を記録しておかなければならない | 面接指導の記録を作り、5年間保存する |
| 5項 | 面接指導の結果に基づき、必要な措置について医師の意見を聴かなければならない | 面接指導のあと、遅滞なく医師から意見(意見書)をもらう |
| 6項 | 医師の意見を勘案し、必要があると認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じる。医師の意見を衛生委員会等へ報告する | 本人の実情を考慮して就業上の措置を決める。衛生委員会に報告する(個人が特定されない形で) |
| 7項 | 厚生労働大臣は、措置の適切な実施のために必要な指針を公表する | (国の役割)いわゆる「ストレスチェック指針」の根拠 |
| 8項 | 厚生労働大臣は、指針に関し事業者等に必要な指導等を行うことができる | (国の役割) |
| 9項 | 国は、医師等への研修の実施、結果を利用した労働者への健康相談の促進などに努める | (国の役割)「こころの耳」などの相談窓口の根拠 |
3項の面接指導の流れと期限はストレスチェック面接指導の完全ガイド、2項の同意の取り方はストレスチェックの同意・プライバシー保護で詳しく説明しています。
細かいルールは規則に——安衛則52条の9〜21の早見表

66条の10には「厚生労働省令で定めるところにより」という言葉が何度も出てきます。その省令が労働安全衛生規則(安衛則)の52条の9から52条の21です。「年1回」「5年保存」「50人以上は報告」といった実務の数字は、すべてこちらに書いてあります。
| 安衛則 | 定めていること | 実務のポイント |
|---|---|---|
| 52条の9 | 検査の実施方法 | 常時使用する労働者に、1年以内ごとに1回。「ストレスの原因」「心身の自覚症状」「周囲の支援」の3領域を調べる |
| 52条の10 | 検査の実施者等 | 実施者は医師、保健師、研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師。人事権を持つ人は実施の事務に従事できない |
| 52条の11 | 検査結果の記録の作成・保存 | 本人の同意を得て会社が受け取った結果は、記録を作って5年間保存 |
| 52条の12 | 検査結果の通知 | 実施者から本人へ、遅滞なく通知 |
| 52条の13 | 労働者の同意の取得 | 会社への結果提供の同意は、書面または電磁的記録で取る |
| 52条の14 | 集団ごとの分析 | 部署などの集団ごとに集計・分析し、職場環境の改善に使う(努力義務)。2026年6月公布の改正で「特定の個人を識別することができない方法で」行うことが明文化された(2027年4月1日施行)。10人未満の集団は原則として分析しない |
| 52条の15 | 面接指導の対象者の要件 | 高ストレスで、面接指導が必要と実施者が認めた人 |
| 52条の16 | 面接指導の実施方法 | 本人の申出は結果通知後遅滞なく。会社は申出後遅滞なく面接指導を行う。実施者は申出を勧奨できる |
| 52条の17 | 面接指導で確認する事項 | 勤務の状況、心理的な負担の状況、その他の心身の状況 |
| 52条の18 | 面接指導結果の記録 | 記録を作成して5年間保存 |
| 52条の19 | 医師からの意見聴取 | 面接指導のあと、遅滞なく意見を聴く |
| 52条の20 | 指針の公表 | 官報への掲載などで公表 |
| 52条の21 | 検査・面接指導結果の報告 | 常時50人以上の事業場は、1年以内ごとに1回、労働基準監督署へ報告 |
「遅滞なく」の目安は、実施マニュアルでおおむね1か月以内とされています(面接指導はいつまで?)。実施者になれる人はストレスチェックの実施者とは?、対象になる「常時使用する労働者」の範囲はストレスチェックの対象者は誰?、52条の21の報告はストレスチェック報告書の書き方と提出期限をご覧ください。
条文から分かる、よくある誤解5つ

条文を読むと、現場でよく聞く思い込みの多くが解けます。
| よくある誤解 | 条文ではどうなっているか |
|---|---|
| 従業員は必ず受けなければならない | 義務があるのは会社(1項)。労働者の受検義務は定められていない。会社ができるのは受検の勧奨まで |
| 人事は全員の結果を見られる | 本人の同意がなければ、実施者は結果を会社に提供できない(2項)。会社が自由に見られるのは、個人が特定されない集団分析だけ |
| 高ストレス者には面接指導を受けさせなければならない | 面接指導の義務が生じるのは、本人が「申し出たとき」(3項)。強制はできず、できるのは勧奨まで |
| 面接指導をしたら終わり | 医師の意見を聴き(5項)、必要なら就業上の措置を取る(6項)ところまでが義務 |
| 50人未満の会社には関係ない | 現在は努力義務(附則4条)。2028年4月1日からは義務になる |
受けない従業員への対応はストレスチェックの面談を受けないとどうなる?、会社が面談を指示できるかは産業医面談は会社が指示できる?、申出が出ないときの勧奨は高ストレス者が面接指導を申し出ないときの対応で解説しています。
50人未満の「当分の間」——附則4条と2028年4月の改正

66条の10の本文には「50人以上」という言葉はありません。50人未満の事業場が努力義務になっているのは、安衛法の附則4条に「産業医の選任義務がない事業場(常時50人未満)については、当分の間、1項の『行わなければならない』を『行うよう努めなければならない』と読み替える」という趣旨の規定があるからです。
2025年(令和7年)5月に公布された改正労働安全衛生法で、この読み替えがなくなります。施行は2028年4月1日。すべての事業場でストレスチェックが義務になります。条文の本文は変わらず、「当分の間」の特例が外れるだけ、という形です。
罰則と守秘義務——120条・105条・119条

66条の10に違反したこと自体への罰則は定められていません。ただし、関連する2つの条文に罰則があります。
| 場面 | 根拠 | 罰則 |
|---|---|---|
| ストレスチェックを実施しない | 66条の10第1項 | 直接の罰則はない。ただし労基署の是正指導の対象になり、不調者が出たときは安全配慮義務(労働契約法5条)違反を問われる材料になる |
| 50人以上の事業場が労基署へ報告しない・虚偽の報告をする | 安衛法100条、安衛則52条の21 | 50万円以下の罰金(安衛法120条) |
| 実施者・実施事務従事者が、知り得た労働者の秘密を漏らす | 安衛法105条 | 6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(安衛法119条) |
「やらなくても罰則がないなら後回しでいい」とはなりません。実施しなければ報告もできず、報告義務違反には罰金があります。会社のリスクの全体像はストレスチェックをやらないとどうなる?で整理しています。
産業医から見た66条の10——条文はよくできている

顧問先で実施者と面接指導を担当している立場から言うと、66条の10は問題のない、よくできたルールです。理由は、本人を守る仕組みと、会社が動く仕組みが一つの条文の中で両立しているからです。
- 同意がなければ会社に渡らない(2項)。だから従業員は正直に答えられます。正直な回答がなければ、検査の意味がありません。
- 申出を理由にした不利益な取扱いの禁止(3項)。「面談を申し込んだら評価が下がるのでは」という不安に、法律が先に答えています。
- 医師の意見から就業上の措置へ(5項・6項)。面談をして終わりではなく、残業の制限や業務の調整といった具体的な対応まで一本の線でつながっています。
うまくいかない会社は、条文に問題があるのではなく、条文の意味が社内に伝わっていないことがほとんどです。「結果は会社に見られる」と誤解されたままでは、受検率も回答の質も上がりません。実施規程を作って衛生委員会で審議し、人事担当者が制度の意義を自分の言葉で説明できるようにしておくことが、条文を生かすいちばんの近道です(実施規程の作り方、衛生委員会で決めること)。
まとめ:66条の10は「検査→本人へ通知→申出→面接指導→意見→措置」の一本道
- 労働安全衛生法66条の10は、ストレスチェックと面接指導の根拠条文。2015年12月1日施行。
- 会社の義務は1項から6項。検査の実施、本人への通知、申出があったときの面接指導、記録、医師の意見聴取、就業上の措置。
- 「年1回」「5年保存」「50人以上は報告」などの数字は、安衛則52条の9〜21に書いてある。
- 労働者に受検義務はなく、面接指導も本人の申出が前提。会社ができるのは勧奨まで。
- 50人未満は附則4条で努力義務。2028年4月1日からは義務になる。
- 報告義務違反は50万円以下の罰金、守秘義務違反は6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。
あわせて読みたい:ストレスチェックの面接指導と運用
ストレスチェックの面接指導や実施・運用について、あわせてご覧ください。
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- ストレスチェック実施マニュアルの読み方|最新版と50人未満向けの要点
- ストレスチェックの同意・プライバシー保護|小規模事業場の実務ポイント
- ストレスチェックの実施事務従事者とは?人事はなれる?できること・見られる結果・守秘義務
よくある質問
Q1. 労働安全衛生法66条の10には何が書いてありますか?
ストレスチェック(心理的な負担の程度を把握するための検査)の実施、結果の本人への通知と同意なしの会社提供の禁止、高ストレス者から申出があったときの医師の面接指導、面接指導の記録、医師の意見聴取、就業上の措置が書いてあります。1項から6項が会社の義務、7項から9項が国の役割です。
Q2. 66条の10と安衛則52条の9〜21は、どういう関係ですか?
66条の10が「何をするか」を定める法律で、安衛則52条の9〜21が「どのようにするか」を定める省令です。年1回の頻度、実施者になれる職種、記録の5年保存、同意の取り方、50人以上の事業場の報告義務などは、規則のほうに書かれています。
Q3. 66条の10に違反すると罰則はありますか?
実施しなかったこと自体への罰則はありません。ただし、常時50人以上の事業場が労働基準監督署への報告を怠ると50万円以下の罰金(安衛法120条)、実施者や実施事務従事者が秘密を漏らすと6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(安衛法119条)の対象になります。
Q4. 従業員にはストレスチェックを受ける義務がありますか?
ありません。66条の10で義務を負うのは事業者で、労働者の受検義務は定められていません。健康診断とは異なる点です。会社は受検を勧めることはできますが、受けないことを理由に不利益な取扱いをすることはできません。
Q5. 50人未満の会社にも66条の10は適用されますか?
適用されますが、現在は附則4条により努力義務です。2025年に公布された改正法によりこの特例がなくなり、2028年4月1日からは50人未満の事業場でも実施が義務になります。

