「実施事務従事者って誰がやればいいの?」「人事部の私がやっても大丈夫?」「結果はどこまで見ていいの?」——ストレスチェックの担当になった方から、体制を決めるときに必ず出る質問です。
先に結論です。実施事務従事者は、実施者(医師・保健師など)の指示を受けて、調査票の配布・回収・データ入力・結果の封入といった事務を行う人です。資格も研修も要りません。人事部の人でもなれますが、「人事権のある人」(解雇・昇進・異動に直接の権限を持つ人)はなれません。個人の結果に触れる立場なので守秘義務があり、漏らせば罰則があります。小さな会社で適任者がいなければ、総務の担当者を任命するか、委託先など外部の人に任せれば足ります。
この記事では、顧問先で実施者を務めている現役産業医として、役割、実施者・実務担当者との違い、なれる人・なれない人、結果を見られる範囲と守秘義務、守秘義務が危うくなる場面と防ぎ方、人事部長がやってしまっていたときの是正、小さな会社での決め方を解説します。
実施事務従事者とは——実施者の指示で「個人の結果に触れる事務」を行う人

ストレスチェックの「実施の事務」とは、個人の回答や結果に触れる作業のことです。実施者一人では回らないので、実施者の指示のもとでこの事務を担う人を置きます。それが実施事務従事者です(労働安全衛生規則第52条の10)。
- 調査票の配布・回収(紙の場合)、Web受検のID発行
- 回答のデータ入力、結果の出力・封入・本人への送付
- 未受検者の把握と受検の勧奨、面接指導の申出の窓口
- 結果の記録の保存(5年)と、集団分析用データの整理
医師がそこまでやると会社のコストがとても高くなるからです。社内の担当者か委託先が担うのが普通です(ストレスチェックで産業医は何をする?)。制度全体の役割分担はストレスチェック制度とは?で整理しています。
実施者・実施事務従事者・実務担当者の違い


| 実施者 | 実施事務従事者 | 実務担当者(制度担当者) | |
|---|---|---|---|
| 役割 | 調査票の選定への関与、高ストレス者の判定、結果通知、面接指導の勧奨 | 実施者の指示で、個人の結果に触れる事務を行う | 実施計画、委託先との連絡、日程の周知など、個人の結果に触れない事務 |
| 資格 | 医師・保健師・研修を受けた看護師、精神保健福祉士、歯科医師、公認心理師 | 不要(研修も不要) | 不要 |
| 人事権のある人 | なれない | なれない | なれる |
| 個人の結果 | 見る | 事務に必要な範囲で触れる | 見られない |
| 守秘義務 | あり | あり(罰則つき) | — |
なれる人・なれない人——「人事の人」はOK、「人事権のある人」はNG


よく誤解されますが、人事部の人が実施事務従事者になること自体はあり得ます。条件は「人事権がない人」であること。法令が禁じているのは、受検する労働者の解雇、昇進、異動について直接の権限を持つ監督的地位にある人です(労働安全衛生規則第52条の10第2項)。
| なれる人 | なれない人 |
|---|---|
| 人事課・総務課の一般職員(人事権なし) | 社長、役員 |
| 衛生管理者、産業保健スタッフ(人事権なし) | 人事部長、人事課長など人事を決める立場の人 |
| 委託先(ストレスチェック事業者・健診機関)の職員 | 受検者の直属の上司で、評価・異動に権限を持つ人 |
| 産業医事務所のスタッフ | 支店長・工場長など、事業場の人事を実質的に決める人 |
資格も研修も要りませんが、個人情報の扱いと守秘義務について実施者から説明を受けておくのが実務上の最低ラインです。衛生管理者は健康管理の実務に慣れているので、人事権がなければ適任です。
結果はどこまで見られるか——守秘義務と罰則


実施事務従事者は、入力や封入の過程で個人の回答・結果に触れます。だからこそ、業務上知った秘密を漏らしてはならないという守秘義務が法律で課されています(労働安全衛生法第105条)。違反には6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金があります(同法第119条)。
- 触れてよいのは事務に必要な範囲だけ。興味本位で特定の人の結果を開かない。
- 上司や人事権者に聞かれても答えない。「あの人は高ストレスだった?」には、実施者でも実施事務従事者でも答えられない。
- 会社に渡せるのは、本人が同意した結果と集団分析だけ。渡すのは実施者の判断で行う。
- 記録は鍵のかかる場所か、アクセス制限のあるフォルダで5年保存。担当を外れた人が持ち続けない。
同意と情報の流れはストレスチェックの同意・プライバシー保護、上司への伝え方は高ストレス者に上司はどう関わる?を参照してください。
守秘義務が危うくなるのは「聞かれて、つい教えてしまう」とき——始める前にルールを伝える


実施事務従事者の守秘義務で、私が時々見かけるのは、聞かれて、教えてしまうケースです。ちゃんとルールが知られていなかった、ということが多く、あとから「え、これって私やっちゃだめだったんですか」「言っちゃダメだったんですか」と言われることがあります。
始める前に「守秘性のすごく高い検査」だと伝えるのは、産業医と実施機関の仕事
だから、実施の前に「ストレスチェックは、すごく守秘性の高い検査なんだよ」と伝えておくことも、産業医の仕事であり、ストレスチェックの実施機関の仕事だと思っています。守秘義務は法律の義務(労働安全衛生法第105条)なので、知らなかったでは済みません。
| 始める前に伝えること | 理由 |
|---|---|
| 聞かれても、個人の結果や様子は答えない | 上司や同僚に聞かれて、つい教えてしまうのが時々見かける形だから |
| 話してよい相手は、実施者とほかの実施事務従事者だけ(事務に必要な範囲) | 同じ社内でも、上司・人事権のある人・同僚は話してよい相手ではないから |
| 聞かれたときの返し方を決めておく(例「個人の結果はお伝えできない決まりなんです」) | その場で断り方に迷うと、口が滑りやすいから |
| 迷ったら、話す前に実施者に聞く | 話してしまってからでは取り消せないから |
実施者(産業医など)が受け持つことと、事務の分担はストレスチェックで産業医は何をする?にまとめています。実施者を外部に頼む場合も、始める前の説明を誰がするかを決めておいてください(ストレスチェックの実施者だけ外部委託するには?)。面接指導を外部の医師に頼む場合も同じで、たとえばスポット面接指導(サンポマッチ)では面談の記録は医師だけが見て、会社に伝わるのは意見書など必要な範囲だけです。
話してしまったら謝罪などの対応が必要——ヒヤリハットの段階で周知し直す
だからこそ、ヒヤリハット——「話しそうになった」「聞かれて答えかけた」——があったら、次に起こさないように周知徹底することがすごく大事になります。
- 実施者(産業医など)に伝える。何が、誰に伝わったかを整理する。
- ご本人に謝罪し、説明する。
- 実施事務従事者全員にルールを伝え直す。ヒヤリハットで止まったときも同じ。
人事部長がやってしまっていたら——トラブルになる前に是正する


悪意があるわけではなく、「人事の仕事だから自分がやる」と思い込んでいるケースがほとんどです。
こういうときは、気づいた人が「ちょっとまずいですよ」と言ってほしいですし、それを伝えるのは産業医などの仕事でもあります。部下から「これ、いけないですよね」と指摘されたり、従業員との間でトラブルになってしまう前に、ちゃんと是正しましょうとお伝えしています。
- 担当を替える。人事権のない職員か委託先に実施の事務を移し、人事部長は「実務担当者」(計画・調整)に回る。
- 記録へのアクセスを外す。結果のファイル・フォルダの権限を見直し、紙は実施者側で保管する。
- 規程を直して周知する。衛生委員会で体制の変更を審議し、実施規程の「実施事務従事者」欄を改める(衛生委員会で何を決める?、実施規程の作り方)。
小さな会社で人事権のない人がいないとき——任命するか、外部に任せる


社長と数人の管理職で回している会社では、「人事権のない事務担当」が事実上いないことがあります。選択肢は2つです。
| 選択肢 | 内容 | 向く会社 |
|---|---|---|
| ①社内で任命する | 総務の担当者などを任命する。衛生委員会(なければ従業員の意見を聴く場)で決めて、周知する | 紙で実施する、社内で回したい |
| ②外部に任せる | 委託先(ストレスチェック事業者・健診機関)の職員が実施事務従事者になる。社内の人は個人の結果に触れない | 適任者がいない、Webで実施する |
委託先など外部の人に任せるのは全然あり得る話で、50人未満の会社ではむしろこちらが楽です。Web受検なら配布・回収・入力の作業そのものがなくなります。紙で回収するときの封筒の扱いと、紙とWebの手間の違いは紙とWebを比較するとどちらがいい?にまとめています。50人未満の進め方は50人未満・中小企業のストレスチェックのやり方、委託先の比較は外部委託先の選び方で解説しています。
体制が決まったら、面接指導の医師も決める
実施者と実施事務従事者が決まっても、高ストレス者から申出があったときの「面接指導の医師」が決まっていないと制度は止まります。面接指導は医師であればよく、自社の産業医でなくても構いません(面接指導の医師がいない場合の外部委託・スポット依頼)。受検のシステムは決まっていて、実施者と面接指導の医師だけがいない場合は、実施者と面接指導だけを外部に頼むこともできます。実施者だけを外に頼んだときに社内に残る仕事はストレスチェックの実施者だけ外部委託するには?で表にしています。
まとめ:決め手は「人事の人か」ではなく「人事権があるか」
- 実施事務従事者は、実施者の指示で個人の結果に触れる事務(配布・回収・入力・封入・保存)を行う人。資格も研修も不要。
- 人事部の人でもなれる。なれないのは解雇・昇進・異動に直接の権限を持つ人(社長・役員・人事部長など)。
- 人事権のある人は「実務担当者」として、計画や委託先との調整など結果に触れない事務を担う。
- 守秘義務があり、漏らせば6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。上司や人事権者に聞かれても答えない。
- 守秘義務が危うくなるのは、ルールを知らずに聞かれて教えてしまうとき。始める前に「守秘性の高い検査」と伝え、ヒヤリハットがあれば周知し直す。
- 人事部長がやってしまっていたら、トラブルになる前に担当替え・アクセス権の見直し・規程の改定で是正する。
- 小さな会社は、総務の担当者を任命するか、委託先など外部の人に任せる。
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よくある質問
Q1. 人事部の社員は実施事務従事者になれますか?
人事権がなければなれます。禁じられているのは、受検する労働者の解雇・昇進・異動について直接の権限を持つ監督的地位にある人です。人事課の一般職員が担当するのは問題ありません。人事部長や人事課長など、人事を決める立場の人はなれません。
Q2. 実施事務従事者に資格や研修は必要ですか?
必要ありません。研修が必要なのは、医師・保健師以外の職種(看護師、精神保健福祉士、歯科医師、公認心理師)が「実施者」になる場合だけです。実施事務従事者は、実施者から個人情報の扱いと守秘義務の説明を受けたうえで担当すれば足ります。
Q3. 実施事務従事者は個人の結果を見られますか?
入力や封入など、事務に必要な範囲で結果に触れます。だからこそ守秘義務が法律で課されています。事務に不要な閲覧はせず、上司や人事権者から尋ねられても内容を答えてはいけません。会社に渡せるのは本人が同意した結果と集団分析だけです。
Q4. 社長や人事部長は、ストレスチェックに一切関われないのですか?
関われます。実施計画の策定、委託先との契約や連絡、日程の周知など、個人の回答や結果に触れない事務は人事権のある人でも担当できます。関われないのは、個人の結果に触れる「実施の事務」だけです。
Q5. 小さな会社で適任者がいません。どうすればいいですか?
総務の担当者などを任命して周知するか、委託先(ストレスチェック事業者・健診機関)の職員に任せます。Webで実施すれば配布・回収・入力の作業がなくなり、社内の人が個人の結果に触れずに済みます。50人未満の会社では外部に任せる形が現実的です。
Q6. 実施事務従事者が、うっかり個人の結果を話してしまったらどうなりますか?
業務で知った秘密を漏らしたことになり、労働安全衛生法第105条の守秘義務に反します(罰則は6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金・同法第119条)。ご本人への謝罪など、対応が必要になります。実施者(産業医など)に伝えて何が誰に伝わったかを整理し、実施事務従事者全員にルールを伝え直してください。話しそうになったヒヤリハットの段階でも、同じように周知し直すことをすすめます。










