「うちには産業医がいない。ストレスチェックで高ストレス者が出たら、誰が面談するの?」「社員がメンタル不調になったとき、相談できる医師がいない」——常時50人未満の会社の人事・経営者から、毎年この時期に届く相談です。
先に結論です。産業医がいなくても、ストレスチェックの面接指導は「医師」であれば行えます。自社で選任した産業医である必要はなく、外部の医師にスポットで依頼すれば事業者の義務を果たせます(労働安全衛生法第66条の10)。選択肢は、地域産業保健センター、スポットの外部医師、顧問産業医の3つ。問題は「産業医がいないこと」ではなく、面談が必要になったとき「誰に頼むか」を決めていないことです。
この記事では、産業医がいない会社からの相談を日常的に受けている現役産業医として、選任義務のルール、医師が必要になる4つの場面、3つの選択肢の費用と速さ、スポット依頼の流れ、メンタル不調者が出たときの初動、2028年4月の義務化までに整える4点を、人事の目線で解説します。
産業医がいない会社はどこにあるか——50人未満には選任義務がない

産業医の選任義務があるのは、常時50人以上の労働者を使用する事業場です(労働安全衛生法第13条、施行令第5条)。50人未満の事業場は選任が努力義務にとどまるため、産業医がいない会社は珍しくなく、それ自体は違法ではありません。50人未満で産業医がいないのは、むしろ普通の状態です。
| 事業場の規模 | 産業医 | ストレスチェック | 面接指導の医師 |
|---|---|---|---|
| 常時50人以上 | 選任義務(月1回の職場巡視・衛生委員会) | 義務 | 原則、選任している産業医 |
| 常時50人未満 | 努力義務(いない会社が大半) | 努力義務→2028年4月1日から義務 | 「医師」であればよい→外部の医師でよい |
実際に「面接指導を頼める医師がいない」と相談してくださるのは、ほとんどが50人未満の会社です。50人を超えると産業医の選任義務があり、社内に頼む相手がいるからです。特に、義務化を待たずにストレスチェックを始めた50人未満の会社ほど、面接指導の依頼先で悩まれています。逆に、従業員数の多い企業が「社内では件数をさばききれない」と面接指導をまとめて外部に出す例もあります。産業医の選任ルールの詳細は産業医の配置基準を参照してください。
産業医がいないと何が困るか——医師が必要になる4つの場面

産業医がいなくて本当に困るのは、日常ではなく「医師の判断が法律上または実務上必要になった瞬間」です。場面は4つに絞られ、どれも期限があります。起きてから医師を探すと間に合いません。
| 場面 | 法的な要求 | 期限 | 誰が代われるか |
|---|---|---|---|
| ①高ストレス者の面接指導 | 申出があれば医師の面接指導が義務(安衛法66条の10) | 申出から1か月以内 | 外部の医師にスポット依頼 |
| ②長時間労働の面接指導 | 月80時間超の時間外労働+申出で義務(安衛法66条の8) | 申出から1か月以内 | 外部の医師でよい |
| ③休職・復職の判断 | 法的義務ではないが、主治医の診断書だけでは就業可否を判断できない | 復職希望日まで | 外部の医師の復職面談 |
| ④健診の有所見への対応 | 医師からの意見聴取が義務(安衛法66条の4) | 健診結果を受け取ってから3か月以内 | 外部の医師に意見をもらう |
産業医がいない会社から実際に来る相談は、高ストレス者の面接指導、復職判定の面談、そしてメンタル不調者が出たときの対応がほとんどです。健診の就業判定の相談は比較的少ない、というのが私の実感です。それぞれの実務はストレスチェック面接指導の完全ガイド、長時間労働の面接指導、復職判定の3つの罠、健診の事後措置と就業判定で解説しています。
面接指導は誰がやれるのか——「医師」であればよく、自社の産業医でなくてよい

ここが最重要ポイントです。ストレスチェックの「実施者」は医師・保健師・所定の研修を受けた看護師などが担えますが、高ストレス者への「面接指導」を行うのは医師と定められています(労働安全衛生法第66条の10)。そしてこの医師は、自社が選任している産業医に限定されていません。
| ストレスチェックの実施者 | 高ストレス者の面接指導 | |
|---|---|---|
| 医師 | ○ | ○(産業医でなくてよい・外部のスポット医師でよい・オンライン可) |
| 保健師 | ○ | × |
| 研修を受けた看護師・精神保健福祉士・歯科医師・公認心理師 | ○ | × |
| カウンセラー | × | × |
| 人事権のある人 | ×(実施事務従事者にもなれない) | × |
産業医がいない会社の3つの選択肢——費用・速さ・続けやすさで比べる

選択肢は3つです。年に面接指導が1〜2件ならスポット、継続的に面談が必要なら顧問、まず無料で試すなら地域産業保健センター、が基本の使い分けになります。
| ①地域産業保健センター | ②スポットの外部医師 | ③顧問産業医(嘱託) | |
|---|---|---|---|
| 費用 | 無料 | 1件3万円前後(税別) | 月3万円前後〜(50人未満の実例) |
| 申出から面談まで | 予約次第(繁忙期は1か月超も) | 通常2週間。医師が待機枠を出している仕組みなら最短当日〜3営業日 | 1週間以内 |
| 意見書 | あり | 込み(翌営業日が目安) | あり |
| 向いている会社 | 50人未満・年1〜2件 | 面談が発生したときだけ頼みたい会社、拠点が全国に散る会社 | 継続的な面談が必要、信頼できる医師に長く見てほしい会社、50人以上 |
| 弱点 | 予約が取りにくい、回数に上限、時間が経ちすぎて面談の意味が薄れる | 毎回医師が変わると連携が切れる | 50人未満には固定費が重い |
①地域産業保健センターは、50人未満の事業場が無料で面接指導を受けられる、とても有用な選択肢です。ただ、予約が取りにくく時間がかかること、利用回数が制限されていることが使いにくさになります。今後ストレスチェックの対象者がかなり増えるので、受け皿になりきれるかは正直少し心配しています。
②スポットの外部医師は、面談1件3万円前後が相場です。地域の開業医に電話しても産業医業務は引き受けてもらえないことが多く、「医師を探すところから」始めると通常2週間かかります。医師があらかじめ待機枠を出している仕組みを使えば、オンラインで最短当日〜3営業日で面談できます。失敗しやすいのは、毎回違う医師に頼んで意見書が引き継がれないケースです。主治医が毎回変わるようなもので、できるだけ同じ医師に続けて見てもらうべきです。費用の詳細は産業医のスポット契約とは?費用相場と頼める業務を参照してください。
③顧問産業医を50人未満で置いている会社は、月3万円くらいの顧問料で契約していることが多い印象です。メンタル不調者が目立ってきた、医学的な知見が欲しい、健康経営に取り組んでいる、という会社です。スポットから顧問に切り替える会社は、継続的な面談が必要になったとき、あるいはスポットで来た医師が信頼できて「この人にずっと見てほしい」となったときです。逆に、面談が発生せず健康上の問題も明らかでなければ、スポットのままで構いません。ただし50人以上の事業場は選任義務があるため、スポットで済ませると法律違反になります。50人を超えたら嘱託産業医を選任してください(産業医の報酬相場、産業医の選び方)。
スポットの外部医師に面接指導を頼む流れ——申出から意見書まで

高ストレス者から申出が来てから面接指導を終えるまで、人事が動く順番は次のとおりです。ポイントは期限(申出から1か月以内)と、意見書の納期をセットで確認することです。
- 申出を受ける(人事)。高ストレス者本人からの申出を受理し、ここから1か月以内に面接指導を行う。申出がないときの勧奨は面接指導を申し出ないときの対応へ。
- 医師に依頼(人事)。実施者からのストレスチェック結果、勤務状況、業務内容を送る。外部の医師、またはマッチングの窓口へ。
- 日程調整(本人・医師)。オンラインなら最短当日〜3営業日、対面は通常2週間。オンライン面接指導の要件はオンラインでの面接指導はOK?で確認。
- 面接指導(医師・30〜45分)。本人の同意なく、面談の内容は会社に渡らない。
- 意見書を受け取り、措置を決める(人事)。意見書は翌営業日が目安。「1週間後」では遅い。上司に伝えるのは就業制限の内容だけで、それ以上は本人に確認してから。意見書の受け取り方と保管は高ストレス者面談の報告書と記録へ。
産業医がいない会社でメンタル不調者が出たときの初動——今日できること

ストレスチェックとは別に、「最近元気がない」「急に怒りっぽくなった」「遅刻や欠勤が増えた」という社員が出たとき、産業医がいない会社の人事は何から始めるか。面談もヒアリングも必要ですが、「病院に行っているのか」「産業医を探すべきか」といった難しい判断を人事がする必要はありません。まず専門家につなぐこと、これがいちばん大事です。そのうえで、最初の1週間にやることは決まっています。
| やってはいけない | 最初の1週間にやること |
|---|---|
| 本人に診断名や通院先を問い詰める | 本人の話を聞く。評価しない。記録は事実(日付・勤怠・本人の言葉)のみ |
| 「甘え」「気合い」で片付ける | 受診を勧め、受診のための時間を確保する |
| 上司の判断だけで配置転換や休職を決める | 残業をゼロにするなど、負荷を先に下げる |
| 同僚に事情を広める | 外部の医師(スポット)に面談を依頼し、就業上の措置について意見をもらう |
| 診断書を出させてから動く | 上司には「措置の内容」だけを伝える |
役割を混ぜないことが大切です。診断は主治医、就業の判断は医師の意見書、決定は会社。相談先は、地域産業保健センター、スポットの外部医師、都道府県の産業保健総合支援センターの3つを押さえておけば足ります。復職の判断で迷う場合は復職を認めないときの産業医意見書も参考にしてください。
2028年4月までに整える4点——産業医がいない会社のストレスチェック準備

2028年4月1日から、常時50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化されます(2025年公布の改正労働安全衛生法)。産業医がいない会社の準備は、「誰がやるか」を決めれば8割終わります。
- 実施者を決める。委託先の医師・保健師か。費用は1人500〜700円が目安。実施者・実施事務従事者は人事権のない人(外部委託先の選び方)。
- 面接指導の医師を決める。スポットの外部医師の連絡先を1つ持つ。100人で面接指導は年0〜2件、50人ならストレスチェック5万円+面接指導2件6万円で年11万円(税別)程度が総額の目安(ストレスチェックの費用はいくら?)。
- 規程と案内を作る。厚労省の規程例をそのまま使う。衛生委員会がない会社は関係労働者の意見を聴く機会を設ける(実施規程の作り方、衛生委員会で何を決める?)。
- 実施時期を決める。繁忙期・年末年始を避け、毎年同じ月に固定、受検期間は2週間(実施時期はいつがいい?)。
義務化の全体像と準備スケジュールはストレスチェック義務化はいつから?50人未満は2028年4月1日からにまとめています。
面接指導の医師を今すぐ手配する——産業医がいない会社の受け皿
「産業医がいない」は、面接指導を先送りする理由になりません。医師の連絡先を1つ決めた会社から、準備が終わります。地域産業保健センターの予約が取れない、顧問を置くほどの件数はない、という会社のために、サンポチャートは待機中の外部産業医から従業員本人が日時を選べるスポット面接指導を用意しています。手配の実務はストレスチェック面接指導の医師がいない|外部委託・スポット依頼を解説で詳しく解説しています。
まとめ:産業医がいないことより、「誰に頼むか」を決めていないことが問題
- 50人未満は産業医の選任義務がなく、いないこと自体は違法ではない。
- 困るのは、高ストレス者の面接指導・長時間労働の面接指導・復職判断・健診の有所見の4場面。どれも期限がある。
- 面接指導は「医師」であればよく、産業医でなくてよい。保健師・カウンセラーでは代われない。
- 選択肢は地域産業保健センター(無料・予約次第)、スポットの外部医師(1件3万円・最短当日〜2週間)、顧問産業医(月額・50人以上は必須)。
- スポットは「面談と意見書の納期をセット」で確認し、できるだけ同じ医師に続けて頼む。
- メンタル不調者が出たら、聞く・受診を勧める・負荷を下げる・医師の意見をもらう・上司には措置の内容だけ。
- 2028年4月までに、実施者・面接指導の医師・規程と案内・実施時期の4点を決める。
よくある質問
Q1. 産業医がいない会社は違法ですか?
常時50人未満の事業場は産業医の選任が努力義務なので、いないこと自体は違法ではありません。常時50人以上の事業場は選任義務があり、未選任は労働安全衛生法違反(50万円以下の罰金)になります。50人を超えたら嘱託産業医を選任してください。
Q2. 産業医がいない場合、ストレスチェックの面接指導は誰がやりますか?
「医師」であれば行えます(労働安全衛生法第66条の10)。自社の産業医である必要はなく、地域産業保健センターの医師、スポットで依頼した外部の医師、オンラインの医師でも義務を果たせます。保健師やカウンセラーでは代われません。
Q3. 地域産業保健センターだけで足りますか?
年に1〜2件で、申出から1か月以内に予約が取れるなら足ります。ただ、繁忙期は予約が埋まりやすく、利用回数にも上限があります。2028年の義務化で利用が集中することを見込み、スポットの外部医師の連絡先も併せて持っておくと安全です。
Q4. スポットで面接指導を頼むと費用はいくらですか?
面談1件3万円前後(税別)が相場で、意見書の作成まで含まれるのが一般的です。100人規模なら高ストレス者は10人前後、面接指導は年0〜2件が目安なので、年10万円程度を見ておけば足ります。50人規模ならストレスチェックの実施費用と合わせて年11万円(税別)程度が総額の目安です。
Q5. 産業医がいない会社でメンタル不調の社員が出たら、まず何をすればいいですか?
「病院に行っているのか」「産業医を探すべきか」といった難しい判断を人事がする必要はありません。まず専門家(地域産業保健センター、スポットの外部医師、産業保健総合支援センター)につなぐことがいちばん大事です。そのうえで、本人の話を評価せずに聞き、受診を勧めて時間を確保し、残業をなくすなど負荷を先に下げ、医師の意見書をもらって措置を決めます。診断名を問い詰めたり、上司の判断だけで休職や配置転換を決めたりしないことが大切です。

