「80時間を超えた人がいるけど、誰を呼んで、何を案内して、面談で何をすればいいのか分からない」——長時間労働の面接指導は、人事・総務からいちばん相談の多いテーマのひとつです。
先に結論です。時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる従業員から申出があれば、会社は医師による面接指導を実施しなければなりません(労働安全衛生法第66条の8)。これは事業場の規模を問わない義務で、産業医がいない50人未満の会社も対象です。面接指導を行うのは「医師」であればよく、産業医である必要はありません。
この記事では、現役産業医として毎月この面談を行っている立場から、80・100時間の基準、月次で回る流れ、そのまま使える案内文、記録票の書き方、産業医がいない場合の手配までを、実務で回る形に落として解説します。厚労省マニュアルの手順に、現場で実際にどう進めているかを重ねてお読みください。
長時間労働の面接指導とは?何時間から義務になるのか

長時間労働の面接指導は、会社が把握した労働時間の情報をもとに対象者を選び、医師が面談で疲労の蓄積や心身の状態を確認し、就業上の措置(残業制限、深夜業の免除、配置転換など)につなげる仕組みです。脳・心臓疾患やメンタルヘルス不調を「発症してから対応する」のではなく、倒れる前に止めるための制度です。
基準の整理表:45時間・80時間・100時間

| 時間外・休日労働(月) | 対象 | 申出 | 会社の義務 |
|---|---|---|---|
| 80時間超+疲労の蓄積 | 一般の労働者 | 本人の申出が必要 | 面接指導の実施義務。80時間超の本人には労働時間情報を通知し、申出を勧奨する |
| 100時間超 | 研究開発業務の従事者 | 申出不要 | 面接指導の実施義務(本人の申出がなくても実施) |
| 100時間超(健康管理時間) | 高度プロフェッショナル制度の対象者 | 申出不要 | 面接指導の実施義務 |
| 45時間超 | 健康への配慮が必要な者 | 会社が定める基準による | 面接指導またはこれに準ずる措置を講ずる努力義務 |
なぜ80時間なのか:過労死ラインとの関係
脳・心臓疾患の労災認定基準では、発症前1か月に100時間超、または2〜6か月平均で80時間超の時間外労働があると、業務と発症の関連性が強いと評価されます(いわゆる過労死ライン)。そして月45時間を超えたあたりから、時間が長くなるほど関連性は徐々に強まります。80時間は「ここから急に危ない」線ではなく、「リスクが積み上がった先にある法律上の線」です。
面接指導の流れ:月次で回る9ステップ
長時間労働者の面談は、なんとなく実施しようとすると場当たり的になり、担当者が変わった瞬間に止まります。次の流れに固定すると、繁忙期でも回ります。
- 労働時間データの確定(締め日+集計ルール)
- 対象者の抽出(80時間超/社内基準の60〜70時間超/45時間超+所見あり)
- 本人への通知と案内(時間情報・目的・守秘・流れ)
- 事前問診票・疲労蓄積度チェックリストの記入
- 医師による面接指導(30分目安)
- 面談記録票の作成(医師)
- 報告書・意見書(就業上の措置)を会社へ
- 事後措置(会社が決定→勤怠・業務に反映)
- 見直し(2週間後/1か月後に再評価)
厚労省は様式例(事前問診票、記録用紙、報告書、チェックリスト)を公開しています。長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル(厚生労働省)を土台に、自社の運用に合わせて固定しましょう。
【準備】人事・総務がやるべき5つのこと
準備① 労働時間の「定義」を先に確認する
担当者レベルで労働時間の定義が曖昧になり、ごまかしや見落としが発生することがあります。社内の基準だけで判断していて過労死などの事案が起きると、労基署の調査が入り厳しい指導を受けます。次の3点は特に抜けやすいところです。
- 在宅・移動・持ち帰り等の抜け漏れ
- 申告制にする場合のルール(残業が多い人ほど申告が雑になりやすい)
- 管理監督者や裁量労働制の取り扱い(健康管理上は労働時間を把握することが望ましい)
準備② 対象者の抽出基準を「社内ルール化」する
厚労省マニュアルでも、法令の基準に加えて「事業者が自主的に定める基準」が整理されています。ここを明文化しておかないと、「毎月やる・やらない・不公平だ」というクレームが社内トラブルの原因になります。
A:月80時間超 → 原則面接(法定)。社内基準を60〜70時間に置く会社も多い
B:月45時間超+所見あり(睡眠不良、体調不良、欠勤増、ミス増など)→ 産業保健職の面談 → 必要なら医師面接
C:月45時間未満でも、本人希望・上司所見で拾う例外枠
準備③ 本人への案内文:そのまま使えるテンプレート
対象者が決まったら本人に案内します。重要なのは心理的ハードルを下げること。対象者は疲労困憊しているうえに、「怒られるのではないか」「評価に響くのではないか」と不安を抱えています。目的・守秘・共有範囲・持参物を必ず書きます。以下はそのまま社内メールに使える文例です。
件名:医師による面接指導のご案内(長時間労働に関する健康確保のため) ○○さん お疲れさまです。人事総務部の△△です。 先月の時間外・休日労働が月80時間を超えていたため、労働安全衛生法にもとづき、医師による面接指導をご案内します。 ■目的 業務指導や評価のためではなく、長時間労働による健康障害(過労による脳・心臓疾患やメンタル不調)を防ぎ、必要な就業上の配慮を検討するための面談です。 ■日時・場所 候補:○月○日(○)○時〜/○月○日(○)○時〜(30分程度) 場所:○○会議室 または オンライン(周囲に聞かれない環境でご参加ください) ■プライバシーについて 面談の内容は医師が記録しますが、会社に共有されるのは「就業上の配慮に必要な最小限の情報」のみです。面談を申し出たことを理由に不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されています。 ■事前にご準備いただきたいこと ・添付の事前問診票(疲労蓄積度チェックリスト)のご記入 ・最近の睡眠時間、体調で気になること、服薬があればその内容 ご都合の悪い場合はご相談ください。よろしくお願いいたします。
準備④ 面談枠の取り方:繁忙期でも回るスケジューリング
都度調整をしていると繁忙期に確実に破綻します。「月末で勤怠を締める → 翌週第1週に超過者を抽出・案内 → 第2〜3週の木曜午後に面談枠を固定」のように、毎月のサイクルをルーティン化するのが最大のコツです。オンラインで実施する場合は、本人が周囲に聞かれない環境を確保できるかを必ず確認します。
準備⑤ 事前問診票で面談の質を上げる
面談時間は限られています。厚生労働省の「医師による長時間労働面接指導 実施マニュアル」にある事前問診票・疲労蓄積度チェックリストを必ず使いましょう。基本情報を事前に把握しておくことで、面談の時間を「事実の羅列」ではなく「状況の深掘りと配慮の判断」に集中させられます。

【実施】医師面接の進め方と、産業医が実際に見ているもの

法令上、面接指導で確認するのは「勤務の状況」「疲労の蓄積の状況」「その他心身の状況」の3つです(労働安全衛生規則第52条の4)。厚労省マニュアルの確認事項に沿った次の5ステップで進めると、ブレのない面談になります。
Step1:冒頭(目的・安心・守秘) 最初の30秒で面談の空気が決まります。「今日は健康確保のための面談です。就業上の配慮を検討するために必要な範囲で記録を取りますが、職場に共有するのは配慮に必要な最小限だけなので、安心してお話しください」。
Step2:労働時間の事実確認 勤怠データだけでは見えない働き方の実態を確認します。自己申告との乖離、夜勤・休日出勤の頻度、突発対応やオンコールの有無、そして適切な休憩が取れているか。
Step3:疲労蓄積・睡眠・生活 過労リスクの核です。睡眠は時間だけでなく「寝付き」「中途覚醒」「休日に寝ても回復感があるか」を深掘りします。食欲や体重の変化、飲酒量・カフェインの増加も重要なサインです。
Step4:心身症状(危険サイン) 胸痛、息切れ、動悸、強い頭痛、めまいなどの身体症状と、強い抑うつや希死念慮の有無。該当すれば即座に受診勧奨など緊急対応に切り替えます。
Step5:就業上の措置(具体化が勝ち) 面接のゴールは、会社が実行できる具体的なアクションを決めることです。「残業を控えることが望ましい」ではなく、「当面1か月間、時間外労働は月20時間以内。深夜勤務は除外。2週間後に産業医が再評価する」のように数値+期限+見直し日をセットにします。
【筆者の現場から】80時間超えの面談で、私が最初に確認すること
手順はマニュアル通りですが、実際の面談で私が見る順番はこうです。まず勤怠台帳の数字そのもの——申告された残業時間と実態が合っているか。次に、いちばん大事な自覚症状。そこから残業時間と睡眠時間の関係、そして長時間労働の業務上の理由と、それが今後も続くのかを聞きます。
「今後も続くのか」を聞く理由は単純で、一過性の繁忙なら本人の回復を見守る判断もあり得ますが、構造的に続くなら本人の努力では解決せず、会社の業務設計に手を入れる意見を出す必要があるからです。面談は本人の健康診断であると同時に、会社の働かせ方の診断でもあります。
「会社に受けろと言われた」従業員の方へ:面談の本当の目的
この記事を読んでいる方の中には、会社から「面談を受けてください」と案内されて、戸惑っている従業員の方もいるはずです。「ルールだから来なければいけない」と思って来る方が多いのですが、産業医として必ず最初に伝えることがあります。
面談は評価の場でも説教の場でもなく、あなたの体を守るために法律が用意した場です。面談を申し出たことで不利益な扱いを受けることは法律で禁止されています。正直に体調を話すことが、結果的にあなたの働き続ける力を守ります。高ストレス者面談との違いはストレスチェック面接指導の完全ガイドで整理しています。
【記録】面談記録票・報告書・意見書の書き方
面接指導の記録は5年間の保存義務があり(労働安全衛生規則第52条の6)、万が一の労災発生時には会社の説明責任の根拠になります。厚労省の様式例をベースに、次の項目立てで「公式に近い」型を作っておくのが最も強い運用です。

面談記録票・報告書に必ず書く項目
- 労働時間等の状況(時間外・休日労働の実績、深夜業の回数)
- 疲労蓄積度(チェックリスト等の結果)
- 心身の状況(就業判断に必要な範囲にとどめる)
- 指導内容(生活指導・受診勧奨など)
- 事後措置に必要な情報(プライバシーに配慮し最小限に)
意見書(就業上の措置)に必ず書く項目
- 就業区分(通常勤務/就業制限/要休業)
- 具体的配慮(数値・期間を明記)
- 見直し日
- フォロー方法(誰が、いつ、どのように確認するか)
意見書の作成・運用は以下の記事で詳しく解説しています。

【事後措置】残業禁止・就業制限を「会社が実行できる形」にする
面接を実施して意見書をもらっても、現場の働き方が変わらなければ意味がありません。中小企業で最も詰まりやすいのがこのフェーズです。医師の意見聴取は面接指導後おおむね1か月以内に行い、会社側のアクションを明確にします。
- 医師意見の受領ルートを固定:誰が意見書を受け取り判断するか(人事責任者など)を決める
- 情報共有は最小化:現場のマネージャーに伝えるのは「病状の背景」ではなく「必要な配慮(残業上限など)」のみ
- 勤怠システムへの落とし込み:口約束ではなく、勤怠アラートや深夜ログイン制限などルールに落とす
- 見直し日を先にカレンダーに:意見書の「2週間後」「1か月後」をこの時点で押さえる
実務で注意すべき落とし穴10選
- 実態との乖離:在宅勤務、移動時間、持ち帰り残業が労働時間データから抜けている
- 対象者の取りこぼし:義務ラインだけを見て、45時間超+所見ありのハイリスク者を見落とす
- 申出が出ない空気:本人が不利益を恐れて面談を申し出にくい
- 面談の質の低下:説教や雑談で終わり、就業判断に結びつかない
- 記録の不備:メモ書き程度で、5年保存や説明責任に耐えない
- 現場が動けない意見書:「残業配慮」など抽象的すぎる
- 配慮の永続化:期限がなく、制限状態が続いて現場の不満につながる
- 情報漏洩:職場への共有にプライベートな背景を書きすぎる
- 実行力不足:措置を決めただけで、勤怠ルールや業務の再設計に落ちていない
- フォローの欠如:見直し日がなく、改善しても解除されず、悪化しても拾われない
産業医がいない会社の面接指導:50人未満でも義務、医師の手配はどうする?
長時間労働の面接指導は、産業医の選任義務がない50人未満の事業場でも義務です。「産業医がいないからできない」は通りません。選択肢は2つあります。
- 地域産業保健センター(地さんぽ):50人未満の事業場は無料で医師の面接指導を受けられる。ただし予約枠と日程の制約があり、繁忙期に「来月まで空きがない」ことがある
- 外部の医師にスポットで依頼:産業保健の実務を知る医師に1件単位で依頼する。意見書・報告書まで含めて数日で実施できる
医師の探し方と費用の相場は面接指導の医師がいない場合の解説と面接指導の費用相場をご覧ください。
あわせて読みたい:ストレスチェックの面接指導と運用
ストレスチェックの面接指導や実施・運用について、あわせてご覧ください。
- ストレスチェック面接指導の完全ガイド|義務・流れ・就業措置
- ストレスチェック面接指導の医師がいない|外部委託・スポット依頼を解説
- ストレスチェック面接指導の費用相場|スポット外部委託は1件1.5万〜3万円
- ストレスチェック義務化はいつから?50人未満は2028年4月1日から|準備ガイド
よくある質問
Q1. 長時間労働の面接指導は何時間から義務ですか?
時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合に義務です。研究開発業務の従事者は月100時間超で申出がなくても義務になります。月45時間超は会社が定める基準で面接指導等を行う努力義務です。
Q2. 本人が申し出ない場合、会社は何もしなくていいのですか?
いいえ。80時間超の労働者には労働時間の情報を通知し、申出を勧奨する必要があります。通知や勧奨を怠ると会社側の手続き漏れになります。申出がなくても体調不良の所見があれば、社内基準で面談につなげるのが安全です。
Q3. 産業医がいない50人未満の会社はどうすればいいですか?
規模を問わず義務なので、医師を手配する必要があります。面接指導は医師であれば実施でき、産業医である必要はありません。地域産業保健センターの無料枠か、外部の医師へのスポット依頼で対応できます。
Q4. 面談の内容は会社に伝わりますか?
会社に伝わるのは、就業上の措置に必要な最小限の情報(残業上限や深夜業の制限など)です。面談で話した健康情報の詳細がそのまま職場に共有されることはなく、申出を理由にした不利益取扱いは法律で禁止されています。
Q5. 面接指導の記録は何年保存が必要ですか?
5年間です(労働安全衛生規則第52条の6)。記録には労働時間の状況、疲労蓄積の状況、心身の状況、医師の意見を残します。労災発生時の説明責任の根拠になるため、厚労省様式に沿った型で統一しておきましょう。
まとめ:長時間労働の面接指導を「やっただけ」にしないために
- 月80時間超+疲労蓄積+申出で医師面接指導は全事業場の義務。80時間超の本人への通知と申出勧奨も会社の義務
- 整備された会社は60〜70時間で社内基準を切る。自覚症状がない80時間超こそ危険サイン
- 案内文には目的(過労死の防止)・守秘・共有範囲・持参物を明記し、心理的ハードルを下げる
- 面談は勤怠の実態→自覚症状→睡眠→業務上の理由と今後の見通し、の順で確認し、措置は数値+期限+見直し日で具体化
- 厚労省様式に産業医の意見書を添え、会社と実行可能性を擦り合わせてから意見を出す
- 産業医がいなくても義務。地さんぽか外部医師のスポット依頼で手配する
面接指導は、本人の健康診断であると同時に、会社の働かせ方の診断です。毎月の運用に固定し、記録を残し、措置を実行する——この3つが揃えば、繁忙期でも「やっただけ」にはなりません。関連する実務記事もあわせてご覧ください。





