「健康診断はちゃんと受けさせています」——現役産業医として、この言葉のあとに「では、結果が悪かった方への対応はどうされていますか?」と聞くと、多くの会社で答えが止まります。結論から言うと、健康診断は実施して終わりではなく、有所見者について健診実施日から3ヶ月以内に医師の意見を聴く「就業判定」までが事業者の義務です(労働安全衛生法第66条の4)。しかもこれは、産業医の選任義務がない50人未満の事業場でも求められます。
健康診断は「受けさせて終わり」ではない——事後措置という義務

健康診断には、実施したあとに会社が行うべき一連の対応があります。これを「事後措置」と呼びます。法律の流れはシンプルです。
- 健康診断を実施する(異常所見の有無を確認)
- 異常所見のある労働者について、健診実施日から3ヶ月以内に医師の意見を聴く=就業判定(安衛法第66条の4)
- 医師の意見を勘案し、必要なら就業場所の変更・作業転換・労働時間の短縮・深夜業の回数減少などの措置を講じる(安衛法第66条の5)
つまり、産業医(医師)が「この人は今の職場で、今の働き方をして大丈夫か」を確認するのが就業判定です。判定の基準や区分は、厚生労働省の「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」で示されています。そもそも健診がなぜ必要かは、なぜ会社は健康診断を実施しなければならないのかもあわせてご覧ください。
最大の落とし穴——「労基署に結果を報告したからOK」ではない

しかも見落とされがちなのが、労基署への結果報告義務は常時50人以上の事業場だけ(労働安全衛生規則第52条)だという点です。一方で、医師の意見聴取(就業判定)は事業場の規模を問わず、すべての事業者に課された義務です。「うちは50人未満だから健診まわりは関係ない」というのは誤解で、50人未満でも有所見者への就業判定は必要になります。
現場の実感では、就業判定ができていない会社は決して珍しくありません。特に、はじめて産業医を選任した会社や、長く産業医が変わっていなかった事業場では、「実はやっていなかった」というケースが一定数あります。半数とまでは言いませんが、体感で1割ほどは抜けている印象です。多くは悪意ではなく、そもそもそういうルールがあることを知らなかっただけ。ご説明すると「それはまずいですね」と、その場で気づかれます。
就業判定の実務——産業医は何を見て、どう判定するか

就業判定は、病院で受ける「病気の診断」とは目的が違います。産業医が見るのは、この人が今の職場・今の働き方で健康を損なわずに働けるかという一点です。
実務の流れはこうです。会社が健康診断結果の写しを用意し、産業医が定期健診の法定11項目などの数値を確認して判定します。法律上は「異常所見のある人」が意見聴取の対象ですが、異常があるかどうかを人事や本人が正しく判断するのは難しいため、実務では基本的に受診者全員に目を通して判定することが多くなります。ここを会社側で線引きしてしまうと、拾うべき人を取りこぼす危険があります。
就業区分の3つ——通常勤務・就業制限・要休業
意見聴取では、医師が「就業区分」というかたちで意見を出します。区分は次の3つです。
- 通常勤務:通常の勤務でよい
- 就業制限:勤務に制限を加える必要がある(労働時間の短縮、時間外・深夜業の制限、出張の制限、作業の転換、就業場所の変更など)
- 要休業:療養のため、休暇・休職などで一定期間勤務させない
なお、就業制限の具体的な中身は法令にいくつか例示がありますが、実際には本人の状況や働き方を見て、どこまで働いてよいかを個別に判断します。全員が一律に「この所見ならこの制限」と決まるわけではありません。就業制限をどこまで会社が求められるか、その強制力については産業医の就業制限に強制力はあるのかで詳しく解説しています。
就業制限を「守らせられない」とき——キーパーソン問題の実務

就業判定でいちばん現場が揺れるのが、「制限をかけたい人が、現場のキーパーソンだった」ときです。その人が抜けると業務が回らない——だから会社は制限を渋る。これはよくある場面です。
事後措置を放置するリスク——過労死と安全配慮義務違反

「今のところ問題は起きていないから」と事後措置を後回しにするのは、静かにリスクを積み上げる行為です。いまの健康診断は生活習慣病に強く着目した内容になっており、高血圧や糖代謝・脂質の異常を放置した先には、脳卒中や心筋梗塞といった脳・心臓血管系の疾患があります。
とくに、健診で所見のある人が長時間労働も重なっていると危険度は跳ね上がります。詳しくは健診結果 × 労働時間 — 過労死認定リスクが急上昇する危険な組み合わせで解説しています。また、主治医の診断書と産業医の判定が食い違う場面の考え方は主治医の診断書と産業医の意見書が違うとき、会社はどちらを優先すべきかもご覧ください。
まとめ:健診の事後措置は「実施→判定→措置」まで
- 健康診断は実施して終わりではなく、有所見者は健診実施日から3ヶ月以内に医師の意見聴取(就業判定)が義務(安衛法第66条の4)
- 労基署への結果報告(50人以上のみ)と、意見聴取(規模を問わず義務)はまったくの別物。50人未満でも就業判定は必要
- 判定は通常勤務・就業制限・要休業の3区分。グレーな人は保健指導+経過観察で拾う
- 就業制限は個別判断。キーパーソンで悩むときは、産業医と許容ラインを相談して実態に合わせて調整する
- 放置は過労死・安全配慮義務違反に直結。意見を聴いたのに無視した場合は責任がより重くなる
事後措置は、追加の大きな予算をかけずとも「まず有所見者を産業医の目に通す」ことから始められます。制度の一次情報は厚生労働省やe-Gov法令検索(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5、労働安全衛生規則第52条)で確認できます。
よくある質問
Q. 健診結果を労働基準監督署に報告すれば、事後措置は完了ですか?
いいえ。労基署への「定期健康診断結果報告書」の提出(常時50人以上の事業場が対象)と、有所見者への医師の意見聴取(就業判定)は別の義務です。報告書を出しても、就業判定と必要な就業上の措置を行っていなければ事後措置は完了していません。意見聴取は事業場の規模を問わず必要です。
Q. 医師の意見聴取はいつまでに行えばいいですか?
異常所見のある労働者について、健康診断を実施した日から3ヶ月以内に、医師(産業医など)の意見を聴くこととされています(労働安全衛生法第66条の4)。健診結果が出たら早めに産業医へ回し、判定までの流れをあらかじめ決めておくとスムーズです。
Q. 従業員50人未満でも就業判定は必要ですか?
必要です。労基署への結果報告義務は常時50人以上の事業場に限られますが、医師の意見聴取(就業判定)は事業場の規模にかかわらず、すべての事業者に課された義務です。50人未満の事業場には産業医の選任義務がないため、地域の産業医や医師に意見聴取を依頼するかたちで対応します。
Q. 本人が就業制限を拒否したらどうすればいいですか?
まずは産業医から本人へ、なぜその制限が必要かをていねいに説明してもらうのが基本です。そのうえで、業務が回らないなどの事情があるなら、産業医と「どこまでなら許容できるか」を具体的に相談し、実態に合わせて調整します。意見を聴いたうえで無視して働かせ、健康被害が生じた場合は、安全配慮義務違反の責任がより重く問われる点に注意が必要です。
Q. 健康診断の結果は何年保存すればいいですか?
一般健康診断の結果は、健康診断個人票として原則5年間の保存が義務づけられています(労働安全衛生規則第51条)。就業判定や事後措置の記録もあわせて残しておくと、後日の確認や労基署対応の際に役立ちます。

