「ラインケアという言葉は聞いたことあるけど、結局のところ管理職は何をすればいいんですか?」
ラインケア研修の冒頭で、毎回出てくる質問です。厚労省が提唱する「メンタルヘルス4つのケア」(セルフケア・ラインケア・事業場内産業保健スタッフケア・事業場外資源によるケア) の中でも、もっとも実務インパクトが大きいのがラインケアであることは、現場で見ていて間違いありません。
なぜなら、部下の「いつもと違う」変化に最初に気づける位置にいるのは、毎日顔を合わせている上司=管理監督者だけだからです。産業医や保健師は月1回しか来ないので、深刻になってから初めて出会うケースがほとんど。早期に拾えるかどうかは、上司の感度にかかっています。
ラインケアとは何か — 厚労省の定義から実務へ

厚労省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、ラインケアを以下のように定義しています。
ラインケア:管理監督者が、職場環境等の改善や個別の労働者に対する相談対応を行うこと。日常的に労働者と接する立場として、部下の異変に気づき、相談対応・職場改善・専門家への橋渡しを担う。
定義はシンプルですが、現場で実装するには「具体的に何を、いつ、どうやってやるのか」が必要です。研修だけ受けて、実務に落とし込めずに終わるケースが本当に多い。
なぜラインケアが「最も効く」のか
- 部下に最も近い距離:毎日の業務、表情、声色の変化に気づける
- 業務調整の権限を持つ:すぐに業務量や役割の見直しができる
- 早期発見につながる:症状が深刻化する前に専門家へ繋げる
- 職場の安全文化を作る:「相談してもいい」という空気を作る役割
逆に言えば、ラインケアが回らない職場では、不調がギリギリまで気づかれず、急な休職・退職という形で表面化します。事後対応のコストは、早期対応の何倍にも膨れ上がります。
部下の「いつもと違う」を察知する5つの観察ポイント

不調のサインは、突然出るものではなく「いつもとちょっと違う」の積み重ねとして現れます。具体的に、以下の5つのポイントを意識して観察してください。
ポイント1:勤怠の小さな変化
- 遅刻が増えた、早退が増えた
- 月曜日や週明けの欠勤が目立つ
- 有給を細切れに取るようになった
勤怠は本人がコントロールしようとして失敗する最初のシグナルです。1ヶ月前と比べて勤怠パターンが変わったら要注目。
ポイント2:仕事のパフォーマンスの変化
- 普段はミスしないところでミスが増えた
- 提出物の遅れ、納期割れが目立つ
- 判断のスピードが落ちた、相談が増えた
- 会議での発言が極端に減った
本人が「集中できない」「考えがまとまらない」状態になっているサインです。
ポイント3:表情・声・身だしなみの変化
- 表情が乏しくなった、笑顔が減った
- 声に張りがない、消え入りそうな話し方
- 身だしなみへの気配りが落ちた(着衣の乱れ、無精髭、化粧をしなくなった)
外見は内面の鏡です。「あれ、なんか印象変わったな」と感じたら、それは間違いなくサインです。
ポイント4:対人関係の変化
- 同僚との雑談が減った、ランチを一人で取るようになった
- 会議や飲み会に参加しなくなった
- 逆に、過剰に明るく振る舞うようになった(空元気)
引きこもり方向と過剰な空元気、両方とも要注意です。
ポイント5:本人からの「ちょっとしたつぶやき」
「最近、眠れないんですよね」「食欲がなくて」「休みの日も体がだるくて」
こうした体調にまつわる雑談は、本人なりに「気づいてほしい」というシグナルである可能性があります。流さず受け止めて、後述の声のかけ方に繋いでください。
声のかけ方 — 「大丈夫?」を超えた具体的な聞き方

サインに気づいた後、最初の声かけが運命を分けます。「大丈夫?」だけだと、ほぼ100%「大丈夫です」と返ってきて終わりです。
具体的に観察した「事実」を伝える
「大丈夫?」ではなく、「最近遅刻が増えているけど、何かあった?」「先週から表情が暗いように見えるけど、体調はどう?」のように、観察した事実を具体的に伝えるのが鉄則です。
事実ベースで話すことで、本人も「ちゃんと見てくれているんだな」と感じ、本音を出しやすくなります。
場所と時間を確保する
立ち話やオフィスのオープンスペースで深い話はできません。個室を確保して、最低15分の時間を取るのが基本です。1on1 ミーティングの枠を活用してもよいでしょう。
アドバイスをせず「聴く」に徹する
つい「こうしたらいいよ」「気にしすぎだよ」とアドバイスしたくなりますが、初回は「聴く」に徹してください。アドバイスは本人を追い詰めることがあります。
- 「そうなんですね」「それは大変でしたね」と受け止める
- 「もう少し詳しく教えてもらえますか」と促す
- 「いつ頃から?」「どんなときに?」と具体化する
本人の言葉で語らせること自体が、心理的な負担を軽くする効果があります。
早期に専門家へ繋ぐ手順
声かけで状況が掴めたら、早期に専門家(産業医・産業保健師・人事)へ繋ぐのがラインケアの最終ステップです。管理職が抱え込むのが一番危険です。
繋ぐ判断の目安
- 2週間以上、観察ポイントの変化が継続している
- 本人から「眠れない」「食欲がない」など身体症状の訴えが複数
- 業務遂行に明らかな支障が出ている
- 本人が「相談したい」「医療機関に行こうかな」と口にした
繋ぎ方の流れ
- 本人に「産業医(or 産業保健師)と一度話してみない?」と提案する
- 本人が拒否しなければ、人事に状況を共有して産業医面談を設定
- 面談後、産業医の意見を踏まえて、業務調整・受診勧奨・休職判断などを実施
- 管理職は本人と継続的にコミュニケーションを取りつつ、産業医と人事が判断を下す
部下を産業医面談につないだあと——面談は病気を診断する場ではなく、仕事をどうサポートするかを決める場

部下を産業医面談につないだあと、管理職の方が気になるのは「面談で何を聞かれるのか」「終わったら自分に何が伝わるのか」でしょう。部下から聞かれて、うまく答えられないこともあると思います。
【筆者の現場から】実は、正面から聞かれることはそんなに多くありません。ただ、聞かれたときに説明することは、だいたいいつも同じです。面談の時間は、今は20分から30分ぐらいがボリュームゾーンかなと思います。そこで、ご体調や、仕事の状況をヒアリングします。いちばん見ているのは、仕事ができるか、できないかというところです。たとえ病気だったとしても、仕事ができれば問題ないので。
産業医が面談で聞くのは、体調と仕事の状況
産業医面談は、病名をつけたり治療を始めたりする場ではありません。体調と仕事の状況を聞いたうえで、今の仕事を続けられるか、続けるなら何をサポートすればいいかを判断する場です。
面談を受ける本人の立場で、当日に何を聞かれるか・どんな流れで進むかは、産業医面談とは?呼ばれる理由・何を話すかにまとめています。部下に詳しく説明したいときは、このページを見てもらってもかまいません。
管理職に伝わるのは、就業制限や配慮がつくときの中身だけ
【筆者の現場から】管理職の方は、基本的にはそこまで情報を受け取ることはありません。就業制限がついたら、その制限をかけてもらうことがあるよ、という状況ですね。面談の内容を全部伝えるわけではありません。ただ、就業制限など、職場で必要なことがある場合は、本人に確認しておいてから共有することもあります。
| 面談で産業医が聞くこと・判断すること | 管理職に伝わること | |
|---|---|---|
| 体調 | ご体調(眠れているか、食欲はあるか など) | 伝わらない。病名・診断名も伝えない |
| 仕事の状況 | 今の仕事の状況、困っていること | 全部は伝えない |
| 産業医の判断 | 仕事ができるか、どんなサポートが要るか | 就業制限・配慮がつくときだけ、その中身と期間(本人に確認してから) |
就業制限が出たとき、上司が知っておくことと会社の対応は産業医の就業制限とは、人事が職場にどこまで伝えるかの決め方は産業医面談の情報を職場に伝える範囲で解説しています。
部下には「仕事をどうサポートするかを決める場」と伝えれば大丈夫
【筆者の現場から】基本的には、ご体調のことを伺って、仕事ができるかできないか、サポートするべきことは何か、というところを判断しているんですね。なので、病気を診断してもらうわけじゃなくて、仕事をどうサポートできるかな、という場だということを、知っておいてください。
部下にかける言葉は、たとえばこれで十分です。
「産業医面談は、病気を診断される場じゃなくて、仕事をどうサポートできるかを考える場だよ。20〜30分くらいで、体調と仕事のことを聞かれる。話したことが全部こっちに来るわけじゃなくて、仕事の配慮が必要なときだけ、その中身を教えてもらうことになっているから」
つなぐ前に、部下へ伝えておくことは3つです。
- 面談は病気を診断する場ではなく、仕事をどうサポートするかを決める場
- 時間は20〜30分くらい。体調と、今の仕事の状況を聞かれる
- 上司に伝わるのは、就業制限や配慮が必要なときの、その中身だけ
面談のあとに就業制限が出たとき、職場でどう回すかまで産業医と一緒に整えたい場合は、産業医の顧問で、人事・管理職との連携の段取りからサポートします。
ラインケアでやってはいけない3つのNG行動
良かれと思ってやってしまいがちな、しかし絶対に避けるべき3つのNG行動を整理します。
NG① 自分で「診断」しようとする
「これはうつ病だね」「適応障害じゃない?」などと、管理職が病名を口にするのは厳禁です。診断は医師の仕事であり、素人判断は本人を傷つけ、誤った方向に導きます。
NG② 精神論で押し戻す
「気の持ちようだよ」「みんな大変だから頑張って」「若いんだから大丈夫」
こうした精神論は、本人を追い詰めるだけでなく、「この上司には相談しても無駄」というメッセージとして伝わります。今後の相談経路を断ってしまう、最悪のNGです。
NG③ 周囲に状況を勝手に共有する
「○○さんがメンタル不調らしい」と他のメンバーに共有するのは、個人情報の漏洩・本人への二次被害になります。共有が必要なのは、本人の同意がある場合か、産業医・人事との業務上の連携の範囲のみです。
この3つは、ラインケア研修で必ず徹底すべき項目です。「やってはいけないこと」を理解しておくことが、「やるべきこと」と同じくらい重要です。
管理職向けラインケア研修の設計ポイント
ラインケアが浸透する会社と、研修だけで終わる会社の差は、研修設計の具体性にあります。サンポチャートで実施しているラインケア研修の設計ポイントを共有します。
- 事例ベース:抽象論ではなく、自社業界・自社職種に近い事例を扱う
- ロールプレイ:声かけのフレーズを実際に口に出して練習する
- 「繋ぎ先」の明確化:産業医・保健師・人事の連絡経路を全員に渡す
- NG行動の徹底:診断・精神論・情報漏洩のNGを具体例で叩き込む
- 定期再受講:1回で終わらせず、年1回は最低でも繰り返す
研修を「イベント」ではなく「組織能力構築の継続プログラム」として設計するのが、効果を出す唯一の道です。
あわせて読みたい:ストレスチェックの面接指導と運用
ストレスチェックの面接指導や実施・運用について、あわせてご覧ください。
- ストレスチェック面接指導の完全ガイド|義務・流れ・就業措置
- 産業医面談とは?呼ばれる理由・何を話す・クビになるかを現役産業医が解説
- 高ストレス者に上司はどう関わる?結果は見られない前提で管理職が知れること・やること・NG
- 産業医面談は会社が指示できる?高ストレス者への業務命令・拒否されたときの対応
- 高ストレス者へのセルフケア支援と相談窓口|面談を申し出ない人に会社ができること
- 高ストレス者が面接指導を申し出ないときの対応と勧奨の実務
- 産業医の面談記録を現場で活かす方法|人事向け実践ガイド
- 産業医意見書に病名は書く?書きすぎを防ぐ言い換えと宛先での書き分け
- ストレスチェックの集団分析とは?見方・活用法・職場環境改善につなげる手順
- 休職を繰り返す社員への対応|また戻していい?産業医が見るサインと判断
- 産業医面談が「意味ない」と言われる理由|形骸化を変える3つの実務改善
よくある質問
Q1. 部下を産業医面談につなぐと、上司には何が伝わりますか?
面談の内容が全部伝わるわけではありません。上司に伝わるのは、就業制限や配慮が必要なときの、その中身と期間です。職場で必要なことがある場合も、産業医は本人に確認してから共有します。病名・診断名・具体的な訴えの内容は上司には伝えないのが原則です(厚生労働省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」)。
Q2. 産業医面談では何を話すのですか?部下にはどう説明すればいいですか?
面談はおおむね20〜30分で、産業医が体調と今の仕事の状況を聞き、仕事を続けられるか、何をサポートすればいいかを判断します。部下には「病気を診断される場ではなく、仕事をどうサポートできるかを考える場」と伝えれば十分です。病気があっても、仕事ができれば問題ありません。
まとめ — ラインケアは「組織を守る最前線」
ラインケアは、メンタル不調の早期発見・早期対応の最前線です。管理職の感度が上がるかどうかで、組織の健康度合いは大きく変わります。
- 5つの観察ポイント(勤怠・パフォーマンス・表情・対人関係・つぶやき)で察知
- 事実ベースの声かけで、本人の本音を引き出す
- 2週間以上の継続で、専門家(産業医・保健師・人事)へ繋ぐ
- 産業医面談は病気を診断する場ではなく、仕事をどうサポートするかを決める場。上司に伝わるのは就業制限・配慮の中身だけ
- NG行動(診断・精神論・情報漏洩)は徹底して避ける
- 事例ベース+ロールプレイの実務型研修で、組織能力として育てる
サンポチャートでは、管理職向けラインケア研修の企画・実施、早期発見フローの設計、産業医・保健師との連携体制構築まで、メンタルヘルス対策を一気通貫でご支援しています。








