結論から言うと、産業医との契約解除は、感情的に「もう来なくていいです」と伝える話ではありません。まず契約書を確認し、解除日と予告期間を整理し、後任産業医の目処をつけたうえで、書面で通知します。その後、法令上必要な選任報告や社内周知を進める、という順番で考えるのが安全です。
この記事では、産業医との契約解除通知書に最低限何を書くべきか、解除前に確認すべきこと、労基署への届出との関係、トラブルになりやすい引き継ぎのポイントまで、現役産業医の実務目線で整理します。
会社が産業医との契約解除を考えるのはどんな時か

会社が「今の産業医との契約を切りたい」と本気で考えるのは、単に普段の印象が悪い時だけではありません。多くの場合、本当に困った場面で助けてもらえなかった時です。
たとえば、メンタルヘルス不調者の復職判断で主治医と産業医の意見が食い違っている。会社としては職場に戻すのがまだ不安だが、どう整理すればよいかわからない。
そういう時に、産業医が主治医との連携や就業上の配慮の整理に動いてくれないと、人事担当者は「この先生で大丈夫なのか」と感じます。
- 復職判断やメンタルヘルス対応で実務的な助言がない
- 職場巡視や面談が形だけで、記録や改善提案が残らない
- 会社の業務内容や職場事情を理解しようとしない
- 緊急時に連絡がつかない、対応が遅い
- 「主治医の言う通りにしてください」だけで職場視点の判断がない
もちろん、いきなり解除に進む前に「こういう対応はできますか」と確認する余地はあります。改善できるなら、それに越したことはありません。
解除の前に確認すべきことは契約書に書いてある

解除を考えたら、まず見るべきなのは契約書です。産業医との契約は、会社と医師本人の直接契約の場合もあれば、医師会、紹介会社、産業保健サービス会社などを経由している場合もあります。どの形でも、基本は契約書の解約条項に沿って進めます。
- 契約期間はいつまでか
- 中途解約できる条項があるか
- 何か月前までに通知する必要があるか
- 違約金や精算費用の定めがあるか
- 通知方法が書面、メール、内容証明などに指定されているか
産業医紹介会社などを通している場合は、解約ルールが比較的明確に書かれていることが多いです。一方で、昔からの口約束に近い契約や、医師会など第三者が関与している契約では、社内だけで判断しにくいことがあります。その場合は、契約書や過去のやり取りを整理したうえで、必要に応じて弁護士などの専門家に確認してください。
大事なのは、「合わないから解除する」という感情の話にしないことです。契約期間、予告期間、解除条項に基づいて、事務手続きとして粛々と進めるほうが安全です。
契約解除通知書には何を書くべきか

契約解除通知書は、長い文章にする必要はありません。最低限、誰に対して、どの契約を、いつ解除するのか、どの条項に基づくのか、引き継ぎをどうするのかが伝われば十分です。
- 宛先: 産業医本人、契約先法人、医師会、紹介会社など
- 通知日: 会社が通知を出した日
- 対象契約: いつ締結した、どの産業医業務契約か
- 解除日: いつをもって契約を終了するか
- 根拠条項: 契約書の解約条項、契約期間満了など
- 引き継ぎ事項: 面談記録、意見書、未完了案件、健康情報の返却・削除など
- 担当窓口: 会社側の連絡担当者
ここで注意したいのは、通知書を「不満を伝える手紙」にしないことです。解除理由を書く場合でも、契約条項や業務上の事情として簡潔に整理します。相手を責める表現を入れるほど、不要なトラブルになりやすくなります。
なお、通知書の文面そのものは契約内容や相手方によって変わります。この記事では雛形を配布するのではなく、会社が最低限落としてはいけない記載項目を整理しています。実際の文面は契約書と社内ルールに合わせて作成してください。
通知のタイミングと出し方で注意すべきこと

通知のタイミングで一番避けたいのは、先に契約を切ってしまい、後任が見つからない状態になることです。産業医は、常時50人以上の労働者を使用する事業場で選任が必要な役割です。空白期間が長くなると、法令対応だけでなく、メンタルヘルス対応、健診事後措置、復職判断などの実務が止まります。
実務上は、次の産業医候補をある程度探してから、契約書の予告期間に合わせて解除通知を出すのが安全です。たとえば「3か月前までに通知」と契約書にあるなら、3か月後に後任へ切り替えられるよう逆算して動きます。
- 解除通知より前に、後任候補を探し始める
- 契約書の予告期間に合わせて解除日を決める
- 口頭だけでなく、書面やメールで通知記録を残す
- 契約上必要なら内容証明なども検討する
- 最終訪問日、未完了案件、記録返却の段取りを決める
労基署への解任届との関係はどう考えるべきか

会社が産業医を変更する場合、実務上は「今の産業医を解除しました」という単独の話ではなく、新しい産業医を選任し、その選任を所轄労働基準監督署へ報告する流れで考えます。
産業医を選任すべき事業場では、選任すべき事由が発生した日から14日以内に産業医を選任する必要があります。また、選任した時は、産業医選任報告を所轄労働基準監督署長へ提出します。様式上は、新しい産業医の情報を届け出る中で、前任者からの変更を整理するイメージです。
加えて、2026年8月1日からは、産業医の辞任・解任に関して衛生委員会または安全衛生委員会へ報告する改正が施行予定です。この記事を書いている2026年6月20日時点では施行前ですが、今後は「契約を切ったら終わり」ではなく、社内の委員会への報告も前提にしておくべきです。
- 後任産業医を選任する
- 産業医選任報告を所轄労働基準監督署へ提出する
- 衛生委員会・安全衛生委員会で変更内容を共有する
- 2026年8月1日以降は、辞任・解任時の委員会報告も確認する
細かな運用は事業場の状況や契約形態によって変わります。実際の届出は、最新の様式と所轄労働基準監督署の案内を確認してください。
トラブルになりやすいのは引き継ぎと空白期間

産業医契約解除でトラブルになりやすいのは、解除そのものよりも、その前後の引き継ぎです。特に健康情報の扱い、未完了案件、後任が決まるまでの空白期間には注意が必要です。
- 産業医面談の記録や意見書がどこに保管されているか
- 健診事後措置や復職判断で未完了の案件がないか
- 健康情報を会社、前任産業医、後任産業医の間でどう扱うか
- 契約終了日から後任開始日まで空白がないか
- 従業員や管理職への相談窓口が途切れないか
健康情報は、会社の中でも特に慎重に扱うべき情報です。前任産業医から後任産業医へ何を引き継ぐのか、会社側には何が残るのか、不要な情報をどこまで削除・返却するのかを曖昧にしないでください。
また、次の産業医選びでは、単に「近い」「安い」「紹介された」だけで決めないことが重要です。今回の解除理由が、緊急時に動いてくれない、職場視点の判断がない、面談や記録が形だけだった、というものであれば、次はそこを面接時に確認する必要があります。
- 復職判断で主治医と意見が割れた時、どう対応するか
- 面談記録や意見書はどの粒度で残すか
- 緊急相談は何日以内に返答できるか
- 職場巡視で何を見て、どう改善提案するか
- 人事・上司・主治医との連携にどこまで関与できるか
まとめ
- 産業医との契約解除は、まず契約書の解約条項、契約期間、予告期間、違約金を確認する
- 契約解除通知書には、宛先、通知日、対象契約、解除日、根拠条項、引き継ぎ、担当窓口を簡潔に書く
- 通知は口頭だけでなく、日付と内容が残る形で行う
- 解除と同時に、後任産業医の選任と労基署への選任報告を進める
- 健康情報の引き継ぎ、未完了案件、空白期間を曖昧にしない
- 次の産業医選びでは、今回うまくいかなかった理由を選定基準に反映する
参考資料



