ストレスチェックを始めるにあたって、社内の実施規程(ルール)をどう作ればいいのか——最初にお伝えしたいのは、ゼロから書く必要はないということです。厚生労働省が規程のひな形(実施規程例)を公開しており、委託先からも叩き台をもらえます。会社が本当に頭を使うべきは、実は数カ所だけ——「結果を誰が見られるか・どこに誰が保存するか」と「高ストレス者が出たときの面接指導の段取り」です。この記事では、規程に入れる項目の全体像と、実務で揉めやすいポイントの決め方を、企業の規程づくりを支援している現役産業医が解説します。
なぜ規程が要るのか——「審議して定める」が制度の建て付け

ストレスチェックの実施方法(時期・体制・結果の取り扱いなど)は、衛生委員会等で調査審議したうえで、社内規程として定め、従業員に周知する——これが制度の基本的な建て付けです(50人未満で衛生委員会がない事業場は、関係労働者の意見を聴く場を活用します)。つまり規程は「あると丁寧」ではなく、制度運用の前提となる文書です。
規程に入れる項目——標準セット一覧

厚生労働省の実施マニュアルに付属する規程例をベースにすると、盛り込む項目はおおむね次のとおりです。
- 目的・位置づけ——メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)が目的であること
- 実施体制——実施者(医師・保健師等)、実施事務従事者、委託先。誰が何を担うか(実施者のしくみ)
- 対象者と実施時期——年1回いつ実施するか、パート・アルバイトの扱い
- 調査票と判定基準——57項目標準調査票か、高ストレス者の基準(判定基準の解説)
- 結果の通知と取り扱い——本人への通知方法、会社は同意なく見られないこと、保存の場所・担当・期間(5年)
- 高ストレス者への対応——申出の窓口、勧奨の方法、面接指導の実施体制と期限(おおむね1ヶ月以内)
- 集団分析と職場環境改善——実施する場合の単位・活用方法(努力義務)
- 不利益取扱いの禁止・周知方法——受検しないこと・申出したことを理由とする不利益禁止の明記
項目数は多く見えますが、大半はひな形の文面をほぼそのまま使えます。会社ごとに「決め」が必要なのは、次の2つです。
揉めるのはここ——「誰が見る・どこに保存・誰が保存」

【筆者の現場から】規程づくりで会社が一番頭を悩ませるのは、間違いなく情報の取り扱いです。結果データを誰が見られるのか、どこに保存するのか、誰が保存を担当するのか——意外なほどここで止まります。しかも、ストレスチェック事業者に委託していても、事業者側から「そこは御社はどうしますか?」と聞かれるのです。「じゃあ、それ誰が本当に決めるの?」で宙に浮いたまま、なかなか決まらない——この光景を何度も見てきました。委託は実務を肩代わりしてくれますが、「決め」だけは会社に残る。ここを知っておくだけで、規程づくりの心構えが変わります。
決め方の指針はシンプルです。
- 見られる人は最小限に——個人結果に触れるのは実施者と実施事務従事者だけ。人事権を持つ人(役員・人事部長など)は実施事務従事者になれません
- 保存は「本人同意なく会社が開けない場所」に——委託先システム内での保存、またはアクセス制限をかけた保管。保存期間は5年が目安
- 担当者名ではなく「役割」で書く——「実施事務従事者(総務課の担当者のうち人事権を持たない者)」のように書けば、異動のたびに規程改定が要りません
作り方の現実解——叩き台は外部からもらう

【筆者の現場から】「規程は誰が作るんですか?」への私の答えは、「外部委託しているなら、委託先や実施者の先生に叩き台をお願いするのが一つの手」です。ゼロから社内で起案するより、実務を知っている側が作った叩き台をもらい、そこから「会社としてどう運用するか」を決めていくほうが早く、抜けもありません。そしてもう一つ大事なのは——めちゃくちゃ複雑にしたり、特別なルールを作る必要はないということ。凝った独自制度より、一般的な内容を正しく、大きな失敗なく運用することのほうがずっと価値があります。
流れとしては: ①委託先・実施者から叩き台をもらう → ②「情報の取り扱い」と「面接指導の段取り」の2点を社内で決める → ③衛生委員会等で審議 → ④規程として確定し、従業員に周知。委託先を選ぶ段階で「規程の叩き台までサポートしてもらえるか」を確認しておくと、この流れが最初から敷けます(委託先の選び方)。
面接指導の段取りは「先延ばしできない座組」で書く

規程の中で、情報の取り扱いと並んで悩ましいのが「高ストレス者が出たとき、面接指導をどう実施するか」です。高ストレス者から申出があったら、おおむね1ヶ月以内に医師による面接指導を実施する必要があります。この期限があるため、規程には「申出が来てから考える」ではなく、先延ばしが起きない座組——申出窓口・担当医師(または外部委託先)・実施方法(オンライン可)——をあらかじめ書き込んでおくことが重要です。
産業医がいない50人未満の会社は、外部の医師へのスポット依頼を受け皿として規程に位置づけておけば、「医師がいないから止まる」を制度的に防げます。2028年4月の義務化に向けた準備全体は義務化準備ガイドをご覧ください。
作ったら終わりではない——審議と「大丈夫だよ」の周知
規程が固まったら、衛生委員会等での審議を経て、従業員に周知します。このとき、規程の条文を配るだけでなく、「秘密は守られる」「受けても不利益はない」ことを、担当者の言葉で伝えてください。ルールの中身と同じくらい、「このルールであなたは守られている」と従業員に伝わることが、受検率と申出率を左右します(受検率を上げる実務)。規程は作文ではなく、従業員との信頼の約束——ここまでやって、初めて機能します。
まとめ:ひな形+叩き台で作り、「決め」は2点に絞る
- 規程はゼロから書かない。厚労省のひな形+委託先・実施者の叩き台をベースにする
- 会社が本当に決めるのは「情報の取り扱い(誰が見る・どこに誰が保存)」と「面接指導の段取り」の2点。委託しても「決め」は会社に残る
- 複雑にしない・特別ルールは不要。一般的な内容を正しく、大きな失敗なく運用する
- 面接指導は「申出から1ヶ月以内」。先延ばしが起きない座組(窓口・医師・方法)を規程に書き込む
- 衛生委員会等での審議を忘れない。周知は条文配布でなく「秘密は守られる」を伝えるところまで
一次情報は厚生労働省(ストレスチェック制度実施マニュアル・実施規程例、小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル)で確認できます。より詳しい実務は、代表産業医・角田拓実の著書『図解入門ビジネス 職場メンタルヘルスの基本と対応がよくわかる本』(秀和システム新社/紹介記事)でも解説しています。
よくある質問
Q. 規程のひな形はどこで手に入りますか?
厚生労働省の「ストレスチェック制度実施マニュアル」に実施規程例が付属しており、無料で利用できます。2026年2月には50人未満向けの「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」も公表されています。外部委託している場合は、委託先や実施者から自社向けの叩き台をもらうのが実務的です。
Q. 50人未満で衛生委員会がない場合、審議はどうすればいいですか?
衛生委員会の設置義務がない50人未満の事業場では、関係労働者の意見を聴く機会(安全衛生懇談会や社内ミーティングなど)を活用して実施方法を決め、その内容を記録に残したうえで従業員に周知します。「決めた経緯の記録」と「周知」がポイントです。
Q. 結果のデータは誰が保存すればいいですか?
個人結果は本人の同意なく会社が見られない情報のため、実施者または実施事務従事者の管理下で、アクセス制限のある形で保存します(保存期間は5年が目安)。外部委託している場合は委託先システム内で保存するのが一般的です。人事権を持つ人は実施事務従事者になれない点に注意してください。
Q. 一度作った規程は毎年見直すべきですか?
毎年の全面改定は不要ですが、実施時期の変更・委託先の変更・組織変更(担当部署の変更)・法改正(2028年の50人未満義務化など)のタイミングでは見直しと再審議が必要です。担当者名ではなく役割で書いておくと、異動のたびの改定を避けられます。

