「ストレスチェックを受けたら、結果が社長に伝わってしまうのでは」——小規模の会社ほど、従業員からこの不安の声を聞きます。結論から言うと、結果は本人の同意なく会社へ提供することはできません(労働安全衛生法第66条の10)。ただし、面接指導の申出に関する同意と、結果を会社へ提供することへの同意は別物であり、混同したまま運用している会社が少なくないのも実情です。この記事では、現役保健師が、小規模事業場でとくにプライバシーへの不安が強まる理由と、実施者が実務で使っている同意の取り方・情報管理のルールを解説します。
小規模事業場でプライバシー不安がとくに強まる理由

ストレスチェックのプライバシー保護のルール自体は、会社の規模にかかわらず同じです。それでも小規模事業場では、従業員同士や経営者との距離が近いために「誰が高ストレス者に該当したか」が推測されやすいという構造的な難しさがあります。部署の人数が少なければ、面接指導のために外出した、いつもと様子が違う、といった些細な変化だけで周囲に伝わってしまうことがあります。
さらに、人事担当者を置く余裕がなく、社長自身が労務管理を兼ねているケースも珍しくありません。この場合、従業員からすると「結果を見られる人=社長」という構図になりやすく、「正直に答えたら経営者に知られてしまうのでは」という不安が、受検そのものへの抵抗や、高ストレス者になった後の面接指導の申出控えにつながります。私自身、実施者として複数の小規模事業場に関わってきましたが、体制上の懸念よりも「知られたらどうしよう」という心理的な不安の方が、実務上はよほど大きな障壁になっているという印象があります。
だからこそ小規模事業場では、法令で定められたルールを守るだけでなく、「守られている」ということを従業員に具体的に伝える工夫が、大企業以上に重要になります。50人未満の事業場は2028年4月からストレスチェックが義務化されますが、義務化への準備と同時に、この同意・プライバシーの運用まで整えておくことをおすすめします(50人未満の義務化はいつから?準備ガイド)。
面接指導の申出と結果提供、同意は別々に取る

実務でまず整理しておきたいのが、「面接指導を申し出ること」への同意と、「ストレスチェックの結果を会社へ提供すること」への同意は、法律上まったく別の同意だという点です。前者は本人が面接指導を利用したいという意思表示、後者は個人の検査結果という機微な情報を事業者に渡してよいかという意思表示であり、性質が異なります。
実務では、Webシステムのチェックボックスや同意書面で、それぞれ個別に同意を取得するのが一般的です。多くのストレスチェックシステムでは、受検時点での結果提供への同意と、高ストレス者に該当した後の面接指導申出への同意を、画面上で別のステップとして分けています。
結果を見られるのは「実施者」と「実施事務従事者」だけ

個人のストレスチェック結果を閲覧できるのは、実施者(医師・保健師など)と、実施者の指示のもとで検査の実務を担う実施事務従事者など、必要最小限の者に限定されます。ここには例外がありません。社長であっても、直属の上司であっても、本人の同意がなければ個人の結果を見ることはできないのが原則です。
実施者・実施事務従事者には法律上の守秘義務が課されており(労働安全衛生法第104条)、業務上知り得た秘密を漏らすことは認められていません。小規模事業場のように「結果を見られる立場の人」が実質的に1〜2人しかいない会社では、この「限定された人しか見られない」という線引きを、抽象的なルールとしてではなく、誰が実施者で誰が実施事務従事者なのかを名指しで従業員に周知することが実務では効果的です。「〇〇さん(保健師)と□□さん(実施事務従事者)以外、社長を含めて誰も個人の結果は見られません」と具体的に伝えるだけで、従業員の受け止め方は変わります。
個人結果を見られる人を限定するというルールは、社内の申し合わせではなく法令に基づく要請です。医師・保健師など専門職から法令や守秘義務の観点から説明すると、会社側にも「制度を適切に運用するために必要なことだ」と理解していただきやすいという実感があります。
社内に実施者を担える人材がいない場合は、外部の保健師・産業医に実施者業務そのものを委託する選択肢もあります。実施者の要件についてはストレスチェックの実施者とは?保健師も担当できる理由と要件で詳しく解説しています。
集団分析は10人未満だとプライバシーが守れない
ストレスチェックの結果を職場環境改善に活かす「集団分析」も、小規模事業場ではプライバシー上の注意が必要です。集団の人数がおおむね10人未満の場合、結果を平均化しても個人が特定されやすくなるため、原則として対象者全員の同意がなければ会社へ結果を提供できません。部署単位で見ると数人しかいない、というケースは小規模事業場では珍しくなく、集団分析そのものがネックになりがちです。
「守られている」と伝わることが受検率・申出率を左右する

プライバシー保護のルールをどれだけ整えても、それが従業員に伝わっていなければ不安は解消されません。「会社に結果が知られるのでは」と感じている職場では、受検率や面接指導の申出率が低くなる傾向があります。正直に回答すると不利益があるかもしれないという疑念があれば、そもそも正確に回答してもらうこと自体が難しくなります。
実務では、「医師には少し話しづらいけれど、保健師になら相談しやすい」と言われることが少なくありません。仕事の悩みだけでなく、家庭や介護、不妊治療、人間関係など、健康の背景にある生活のことまで話していただけることがあり、そうした情報が支援につながる場面は実際に多くあります。これは職場に限らず、医療現場でも同じように感じてきたことです。
健診後の保健指導や職場巡視では、いきなり指導から入るのではなく、まず日頃の体調や仕事の様子を伺うことを意識しています。「お話しいただいた内容は、本人の同意なく会社へ伝えることはありません」と最初に説明することも、安心して相談していただける雰囲気づくりの一つです。こうした積み重ねが、プライバシーのルールを「守られている」と実感してもらうことにつながります。
一方で、「結果は本人の同意なしに会社へ提供されることはない」と繰り返し周知している職場では、健康相談につながりやすくなる印象があります。1回の案内文で説明して終わりにするのではなく、受検の案内・結果通知・面接指導の勧奨といった節目ごとに、同じメッセージを繰り返し伝えることが、時間をかけて安心感を積み上げることにつながります。ストレスチェックを社内に定着させる考え方は受検率を上げるには?社内定着の実務ポイント、勧奨そのものの実務は高ストレス者が面接指導を申し出ないときの対応と勧奨の実務でも解説しています。
小規模事業場が決めておきたい4つのルール
ここまでの内容を踏まえ、小規模事業場で最低限決めておきたい同意・プライバシー保護の実務ルールをまとめます。
- 個人結果を閲覧できる人を、実施者・実施事務従事者など必要最小限に限定する——社長や上司であっても、本人の同意がなければ結果を見られないことを明確にする
- 面接指導の申出への同意と、結果を会社へ提供することへの同意を分けて取得する——「面談を受ける=結果が伝わる」という誤解が生まれないよう、それぞれ個別に説明する
- 結果は本人の同意なく会社へ提供しないことを、案内のたびに繰り返し周知する——1回の説明で終わらせず、受検案内・結果通知・面接指導の勧奨のたびに同じメッセージを伝える
- おおむね10人未満の集団分析は慎重に行う——部署をまとめる・会社全体で集計するなど単位を広げるか、個人が特定されるおそれがあるなら無理に実施しない
まとめ:ルールを決めるだけでなく、伝え続けることが大切
- 結果は本人の同意なく会社へ提供できない(労働安全衛生法第66条の10)。小規模事業場ほど距離の近さから不安が強まりやすい
- 面接指導の申出への同意と、結果提供への同意は別物。混同されないよう個別に説明する
- 個人結果を見られるのは実施者・実施事務従事者のみ。社長・上司も本人の同意なしには見られない
- 10人未満の集団分析は個人が特定されやすいため、単位を広げるか無理に実施しない判断も必要
- 「守られている」という周知を繰り返すことが、受検率・面接指導の申出率を底上げする
50人未満の義務化に向けた準備全体はストレスチェック義務化はいつから?準備ガイド、社内に医師がいない場合の面接指導の進め方は医師がいないときの外部委託・スポット依頼の解説もあわせてご覧ください。一次情報は厚生労働省・ストレスチェック制度、個人情報の取り扱いは医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(個人情報保護委員会)で確認できます。
よくある質問
Q. ストレスチェックの結果は、同意なく会社に伝わりますか?
伝わりません。個人のストレスチェック結果を事業者へ提供する場合は、本人の同意が必要です(労働安全衛生法第66条の10)。同意していない結果が会社に共有されることはありません。
Q. 面接指導を受けると、それだけで結果が会社にわかってしまいますか?
面接指導を申し出た事実自体は会社に伝わりますが、面談の内容や検査結果の詳細が自動的に共有されるわけではありません。「申出への同意」と「結果提供への同意」は別のものです。
Q. 個人の結果は誰が見られるのですか?社長も見られますか?
個人の結果を見られるのは実施者(医師・保健師など)と実施事務従事者など、必要最小限の者に限られます。社長や上司であっても、本人の同意がなければ結果を見ることはできません。
Q. 小規模事業場では集団分析はできないのですか?
できないわけではありませんが、おおむね10人未満の集団では個人が特定されやすいため、原則として対象者全員の同意が必要です。部署をまとめて集計する、会社全体で集計するなど単位を広げるか、無理に実施しないという判断も選択肢になります。
Q. 実施者や実施事務従事者が結果を漏らした場合、罰則はありますか?
実施者・実施事務従事者には労働安全衛生法第104条により守秘義務が課されており、業務上知り得た秘密を漏らすことは認められていません。違反した場合は罰則の対象になり得ます。
Q. 従業員にプライバシー保護をどう周知すればいいですか?
1回の案内で終わらせず、受検の案内・結果通知・面接指導の勧奨など節目ごとに「結果は同意なく会社へ提供されない」ことを繰り返し伝えることが効果的です。誰が実施者・実施事務従事者なのかを具体的に名指しで伝えると、より安心感につながります。
Q. 人事担当者がいない小規模事業場では、誰が結果を管理すればいいですか?
社内に実施者・実施事務従事者を担える人材がいない場合は、外部の保健師・産業医に実施者業務そのものを委託する方法があります。社長や少人数の担当者が個人結果を直接扱わずに済むため、プライバシーを守りやすい体制を作れます。

