ストレスチェックを実施して、高ストレス者が何人か出た。結果のリストは手元にある。でも——そこから何もできていない。「申出も来ないし、こちらから動くべきなのか」「面接指導を頼む医師もいないし」。この「結果は出たが、動けていない」状態こそ、ストレスチェック制度でいちばん危険な状態です。結論から言うと、高ストレス者の放置には罰則の有無とは関係なく、会社が逃げられないリスクが3方向(法律・お金・人)にあります。この記事では、放置が起きる典型パターンと、今日から打てる手を現役産業医が解説します。
「放置」はどう起きるか——よくある3つのパターン

高ストレス者の放置は、担当者の怠慢で起きるのではありません。実際には、体制の穴から自然に発生します。よくあるのは次の3パターンです。
- ①申出が来たのに、頼む医師がいない——面接指導を行えるのは医師だけ。産業医のいない50人未満の会社や、顧問産業医が面談まで手が回らない会社で、申出が「塩漬け」になる
- ②高ストレス者に勧奨せず、結果を寝かせている——会社は本人の同意なく個人結果を見られないため、「こちらからは何もできない」と思い込み、実施者からの勧奨のしくみも作らないまま時間が過ぎる
- ③「高ストレス者が出た後」の段取りをそもそも決めていない——チェックの実施だけ委託して、申出の受付窓口・面接指導の手配・就業措置の流れが白紙のまま
【筆者の現場から】ご相談を受けていて多いのは、まさに①です。「申出が来てしまったんですが、誰に頼めばいいですか」——申出には「おおむね1ヶ月以内に実施」という目安があるので、ここから医師を探し始めると時間との勝負になります。地域産業保健センター(無料)の予約が埋まっていて間に合わない、というご相談も珍しくありません。放置は「サボり」ではなく、受け皿を決めていなかったことの結果として起きるのです。
法的リスク——罰則がなくても、逃げ場はない

「面接指導をやらなくても罰則はないんでしょう?」——半分正しくて、半分危険な理解です。整理します。
- 面接指導は法律上の義務——高ストレス者から申出があった場合、医師による面接指導の実施は労働安全衛生法第66条の10に定められた事業者の義務です。直接の罰則がないことと、義務でないことは別の話です
- 不利益取扱いの禁止——申出をしたことを理由とする解雇・減給・不当な配置転換などは法律で明確に禁止されています。「申出してきた人」への対応を誤ると、それ自体が違法になります
- 安全配慮義務(労働契約法第5条)——ここが本丸——会社は労働者の心身の健康に配慮する義務を負っています。「高ストレスという結果を把握できる立場にありながら、対応のしくみを整えず放置した」という事実は、その後メンタルヘルス不調が深刻化した場合、損害賠償請求や労災の場面で会社に不利に働きます
つまり、罰金がないことは「リスクがない」ことを意味しません。リスクは「その時」ではなく、誰かが本当に倒れた「後」にまとめて請求される——これが安全配慮義務の怖さです。罰則の正確な整理はストレスチェック義務化の解説記事でも詳しく書いています。
医学的リスク——放置が見逃す「1割」

【筆者の現場から】面接指導を行っている実感として、9割ほどの方は「面談を実施して、通常勤務で大丈夫」で完了します。だから「どうせ大ごとにならない」と思われがちなのですが——残りの1割ほどは、医療機関への受診や継続的なフォローが必要な方です。そして本当に状態の悪い方は、待てません。「予約が1ヶ月先」では間に合わないことがあるのです。放置とは、この1割を見逃すこと。面接指導の最大の価値は、通常どおり働ける9割に安心してもらうことではなく、手当てが要る1割を確実に拾い上げることにあります。
メンタルヘルス不調は、早く手を打つほど軽く済みます。高ストレスの段階で働き方を少し調整すれば済んだはずの人が、放置の末に長期休職に至る——本人にとって不幸であるだけでなく、会社にとっても、給与補填・代替要員・復職支援まで含めれば、面接指導の費用(1件1.5万〜3万円)の何十倍ものコストになります。「安く済ませた」つもりの放置が、いちばん高くつくのです。
「申出がなければ放置でいい」わけでもない

「面接指導は本人の申出が要件。申出が来ないなら、うちは何もしなくていいのでは?」——これも半分だけ正しい理解です。たしかに面接指導の実施義務は申出が起点です。しかし実務では、高ストレス者の申出率は決して高くありません。「言い出しにくい」「受けたら不利になりそう」と本人がためらうからです。だからこそ、実施者(医師・保健師)からの申出の勧奨というしくみが用意されています。勧奨のしくみを作らず「申出ゼロ」を放置の言い訳にしていると、②のパターン(結果を寝かせる)に陥ります。勧奨の具体的な進め方は高ストレス者が面接指導を申し出ないときの対応と勧奨の実務で詳しく解説しています。
今日からできる3つの手

- 申出・勧奨の流れを決める——申出の窓口(誰に・どうやって)を明確にし、実施者からの勧奨をしくみに組み込む。紙1枚の社内フローで十分です
- 面接指導の受け皿を確保する——申出が来てから医師を探すのでは遅い。産業医がいない会社は、外部の医師へのスポット依頼先を「事前に」決めておく(医師がいないときの外部委託の解説・委託先の選び方)
- 「申出から1ヶ月以内」を全員が知っておく——期限の存在を担当者・上司が知っているだけで、塩漬けは大幅に減ります。間に合わないときはオンラインの外部委託でリカバリーできます(最短3営業日)
まとめ:放置は「何もしていない」ではなく「リスクを積んでいる」
- 放置は体制の穴(医師がいない・勧奨がない・段取り未定)から自然に起きる。担当者の怠慢ではない——だから、しくみで防ぐ
- 法的リスクの本丸は罰則ではなく安全配慮義務。「知りながら対応しなかった」事実は、不調が深刻化した後に重くのしかかる
- 9割は面談で完了する。しかし放置は、受診・フォローが必要な「1割」を見逃す。本当に悪い人は待てない
- 長期休職1人のコストは、面接指導1件(1.5万〜3万円)の何十倍。放置がいちばん高くつく
- 打つ手は3つ——申出・勧奨の流れ/面接指導の受け皿/期限の共有。すべて今日から動ける
一次情報は厚生労働省(ストレスチェック制度導入マニュアル)やe-Gov法令検索(労働安全衛生法第66条の10、労働契約法第5条)で確認できます。より詳しい実務は、代表産業医・角田拓実の著書『図解入門ビジネス 職場メンタルヘルスの基本と対応がよくわかる本』(秀和システム新社/紹介記事)でも解説しています。
あわせて読みたい:ストレスチェックの面接指導と運用
ストレスチェックの面接指導や実施・運用について、あわせてご覧ください。
- ストレスチェック面接指導の完全ガイド|義務・流れ・就業措置
- 高ストレス者が面接指導を申し出ないときの対応と勧奨の実務
- ストレスチェック面接指導の医師がいない|外部委託・スポット依頼を解説
- 高ストレス者の判定基準とは?何点から・割合の目安を産業医が解説
よくある質問
Q. 面接指導を実施しないと罰則はありますか?
面接指導を実施しないこと自体への直接の罰則は設けられていません。ただし、申出があった場合の実施は労働安全衛生法上の義務であり、放置したままメンタルヘルス不調が深刻化した場合には、安全配慮義務違反として損害賠償を問われるリスクがあります。罰則の有無とリスクの有無は別の問題です。
Q. 本人から申出がなければ、会社は何もしなくていいですか?
面接指導の実施義務は申出が起点ですが、高ストレス者の申出率は実務では高くありません。実施者(医師・保健師)からの申出の勧奨をしくみに組み込むことが推奨されており、勧奨のしくみを作らずに「申出がないから」と結果を寝かせるのは、実質的な放置です。不調が深刻化すれば安全配慮義務の観点で会社に不利に働きます。
Q. 会社は個人の結果を見られないのに、どう対応すればいいのですか?
会社がやるべきは「個人の結果を把握すること」ではなく、「高ストレス者が動ける環境を整えること」です。具体的には、申出の窓口を明確にする、実施者からの勧奨をしくみ化する、申出が来たときの面接指導の受け皿(医師)を事前に決めておく——この3点です。個人結果が見えなくても、体制は作れます。
Q. 申出が来てしまったのに医師がいません。どのくらい急ぐべきですか?
申出からおおむね1ヶ月以内の実施が目安とされています。産業医がいなくても、外部の医師にスポット(単発)で依頼すれば義務を果たせます。オンライン対応の委託先なら最短数営業日で実施できるため、今からでも十分間に合います。

