「騒音のある工場で、聴力の検査に所見が出た社員がいます。今の部署に置いたままでいいですか。配置転換したほうがいいですか」——製造業の総務・安全衛生の担当の方からいただく相談です。
先に結論です。配置転換を考える前に、まず「その職場の騒音が、問題解決できているか」を見てください。聴力が落ちた人を保護具で様子を見ても、配置転換で別の部署に移しても、職場の音は変わりません。また別の人が、同じ騒音にさらされるだけです。本人を守る措置(保護具の徹底・作業時間の短縮・配置転換)は、国のガイドラインで聴力の程度ごとに決まっています。ただ、順番は職場の音の見直しが先です。
私は名古屋で産業医をしている角田拓実です。この記事では、ガイドラインの基準と、騒音職場の健診結果について私が現場で会社や本人にどう話しているかを書きます。
聴力低下が出たら配置転換?——その前に「職場の音」は問題解決できているか

騒音の健康診断で聴力の低下が出たとき、私がいちばん重要だと考えているのは、保護具か配置転換かを選ぶことより、そもそもその職場の騒音が問題解決できているかです。たとえばこの人を配置転換したとしても、作業環境は全然変わらず、次にその持ち場に就いた人が同じ騒音にさらされます。
労働衛生では、対策を「作業環境管理」(音の出どころを減らす・囲う・離す)、「作業管理」(保護具・作業時間)、「健康管理」(健診・配置)の3つで考えます。騒音でいえば、作業環境管理がいちばん上流です。ここが非常に悪いまま、保護具や作業時間といった下流の工程だけで対応しても、良くならないのです。
職場の音を見直さないまま人の対応だけを続けると、「耳が悪くなってから人を移動させる」ことをくり返す職場になってしまいます。聴力の所見は、本人の問題であると同時に、その職場の騒音の問題を知らせるサインとして読んでください。
作業場の騒音は、作業環境測定の結果で3つの管理区分に分けて評価します(厚生労働省「騒音障害防止のためのガイドライン」令和5年4月20日 基発0420第2号)。
| 管理区分 | 測定の結果 | ガイドラインが求める措置 |
|---|---|---|
| 第I管理区分 | 85dB未満 | 作業環境を維持する |
| 第II管理区分 | 85dB以上90dB未満 | 標識で場所を明示し、第I管理区分になるよう改善に努める。必要に応じて聴覚保護具を使わせる |
| 第III管理区分 | 90dB以上 | 設備・作業方法を改善する。聴覚保護具を使わせ、使っているかを管理者が確認し、見やすい場所に掲示する |
職場の音を実際に見る機会が、産業医の職場巡視です。巡視で何を見ているかは産業医の職場巡視にまとめています。
保護具の徹底・時間短縮・配置転換の分かれ目——騒音障害防止ガイドラインの基準

騒音作業に常時就く人には、雇入れ時と配置替えのときに250〜8,000ヘルツの聴力検査を行い、その後は6か月以内ごとに1回、1,000ヘルツ(30dB)と4,000ヘルツ(25dB・30dB)の音で選別聴力検査を行います。30dBの音で異常がある人などには、250〜8,000ヘルツの二次検査を行います(同ガイドライン)。
そのうえで、聴力の程度に応じて次のように措置を決めます。
| 区分 | 聴力の状態 | 措置 |
|---|---|---|
| 健常者 | 高い音(4,000・6,000ヘルツ)も会話の音域も30dB未満 | 一般的な聴覚の管理 |
| 要観察者(前駆期) | 高い音で30dB以上50dB未満 | 第II管理区分の場所(85〜90dB)でも聴覚保護具を使わせる。その他必要な措置 |
| 要観察者(軽度) | 高い音で50dB以上、会話の音域は40dB未満 | 同上 |
| 要管理者(中等度以上) | 会話の音域で40dB以上 | 聴覚保護具を使わせたうえで、騒音作業の時間の短縮、配置転換その他必要な措置 |
つまりガイドラインの上でも、配置転換が出てくるのは会話の音域まで聴力が落ちた「中等度以上」の段階です。前駆期・軽度の段階では、保護具を確実に使うことが中心になります。区分をつけるのは健診を担当した医師で、会社はその意見を聴いて措置を決めます(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5の考え方と同じです)。有所見者全体の進め方は健康診断の事後措置|有所見者の就業判定の進め方を参照してください。
「歳のせい」「気にしていない」という本人には?——定年してから気づくのはもったいない

聴力の所見が出ても、本人は「歳のせいでしょう」「別に困っていない」と言うことが多いです。騒音性難聴は、まず高い音(4,000ヘルツあたり)から落ちていき、会話の音域は後から落ちるので、本人が気づきにくいのです。そして、一度落ちた聴力は元に戻りません。
私が本人にする話は決まっています。「せっかく働いて、勤め上げたときに、耳がすごく悪くなっている。定年してから初めて分かる、というのはとてももったいないし、体にとっても良くないことです」。だから、注意しながら仕事をしてほしいし、耳栓やイヤーマフをきちんと使ってほしい、と伝えています。
ガイドラインは、聴覚保護具を遮音値(JIS T8161-1)を目安に選び、管理者が正しい使い方を指導して、実際に使っているかを目で確認することを求めています。耳栓は、配って終わりにすると着け方が浅くなりがちです。
「人手が足りない」と配置転換を渋られたら——騒音性難聴は労災になる

配置転換を提案すると、会社からは「人手が足りない」「その人はその部署にしか置けない」という声がよく出ます。そのとき私がお伝えするのは、騒音で難聴になった場合、結果として労働災害になることがある、ということです。労働基準法施行規則は、業務上の疾病として「著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患」を挙げています(別表第1の2 第2号11)。
労災を起こしてしまうと、会社は非常に不利な状況になります。会社には、働く人が安全に働けるよう必要な配慮をする義務もあります(労働契約法第5条)。だから、本当にまずいとき(中等度以上に落ちてきたとき)は、配置転換もちゃんと考慮してください、とお話しします。
- すぐに異動先がないとき: 保護具の徹底と、騒音作業に就く時間の短縮(作業の分担・ローテーション)で、暫定的に対応する。ガイドラインは目安として、85dBなら1日8時間、90dBなら2時間30分といった許容の基準を示している
- 並行して進めること: 騒音の出どころ(機械・工程)への対策。囲い・防振・配置の変更・低騒音の機械への更新など、騒音が出ない仕組みづくり
- 記録すること: 医師の意見、会社がとった措置、保護具の配布と使用の確認
保護具で当面をしのぐのは、場合によってはあり得ます。それでも、一番大事なのは、騒音が出ないような仕組みづくりです。産業医が出す就業上の意見を会社がどう受け止めればよいかは、産業医の就業制限に強制力はある?で書いています。
騒音健診は「やって終わり」にしない——報告と、国がこの健診に込めた意味

騒音の健康診断は、有機溶剤や鉛のような法律で定めた特殊健康診断ではなく、ガイドラインに基づく「指導勧奨による特殊健康診断」です。それでもガイドラインは、定期の騒音健診の結果を、実施後遅滞なく所轄の労働基準監督署長に報告すること(指導勧奨による特殊健康診断結果報告書の様式)と、記録を5年間保存することを求めています。事業場の人数による区切りはありません。
| 健康診断 | 結果の報告 | 根拠 |
|---|---|---|
| 一般の定期健康診断 | 常時50人以上の事業場だけ | 労働安全衛生規則第52条 |
| 法定の特殊健康診断(有機溶剤・鉛・特定化学物質など) | 人数にかかわらず必要 | 有機溶剤中毒予防規則第30条の3 など |
| 騒音健診(指導勧奨) | 人数の区切りなく報告を求めている | 騒音障害防止のためのガイドライン |
50人未満の事業場でも、特殊健康診断の結果はきちんと届け出る。ここには、有害な作業で働く人の健康は、会社の規模にかかわらず守ってほしいという国の考えがあります。騒音職場の管理者の方には、この健診がなぜあるのか、その意味を改めて復習していただきたいと思っています。
あわせて読みたい:健診の有所見と「働き方の判断」
健康診断で見つかる所見ごとに、就業制限や配慮が必要になるのかを産業医の視点で解説しています。判断の考え方は共通なので、あわせてご覧ください。
- 健康診断の事後措置|有所見者の就業判定の進め方
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- 肝機能の異常で仕事に制限は必要?γ-GTPと脂肪肝・飲酒の話
- 脂質異常症で就業制限は必要?LDL・中性脂肪と重なるリスク
- 心電図異常で就業制限になる?要精査の社員への対応
- 尿蛋白・尿潜血の就業判定|制限はほぼない、でも放置しない
よくある質問
Q1. 騒音健診で聴力低下が出たら、配置転換しなければいけませんか?
すぐに配置転換とは限りません。ガイドラインでは、前駆期・軽度の聴力低下なら聴覚保護具の使用が中心で、配置転換や騒音作業の時間の短縮が挙がるのは会話の音域で40dB以上の「中等度以上」の段階です。ただし、その前に職場の騒音そのものを見直すことが先です。
Q2. 騒音健診はどのくらいの頻度で行いますか?
騒音作業に常時就く人には、雇入れ時と配置替えのときに行い、その後は6か月以内ごとに1回行います。定期の検査は1,000ヘルツ(30dB)と4,000ヘルツ(25dB・30dB)の選別聴力検査で、異常がある人などには250〜8,000ヘルツの二次検査を行います。
Q3. 騒音性難聴は治りますか?
一度落ちた聴力は元に戻りません。高い音から落ちていくため本人が気づきにくく、定年してから初めて困る方もいます。耳栓やイヤーマフを正しく使い、これ以上落とさないことが対策の中心です。
Q4. 騒音性難聴は労災になりますか?
なることがあります。労働基準法施行規則は、業務上の疾病として「著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患」を定めています(別表第1の2 第2号11)。聴力の所見が出た段階で、職場の騒音対策と本人の保護を進めておくことが、本人と会社の両方を守ります。
Q5. 50人未満の事業場でも、騒音健診の結果を報告する必要がありますか?
騒音障害防止のためのガイドラインは、定期の騒音健診の結果を所轄の労働基準監督署長に報告するよう求めており、事業場の人数による区切りはありません。一般の定期健康診断の結果報告(常時50人以上のみ)とは扱いが違う点に注意してください。
まとめ:人を動かす前に、職場の音を下げる
- 聴力低下が出たら、配置転換の前に「その職場の騒音が問題解決できているか」を見る。人を動かしても職場の音は変わらない
- 作業環境管理(音の出どころ)が上流。保護具や作業時間の下流だけで対応しても良くならない
- ガイドラインでは、前駆期・軽度は保護具の徹底、中等度以上(会話の音域40dB以上)で時間の短縮・配置転換
- 「歳のせい」と言う本人には、定年してから気づくのはもったいない、今のうちに守ろうと伝える。耳栓・イヤーマフが合っているかまで確かめる
- 騒音性難聴は労災になることがある。人手不足でも、本当にまずいときは配置転換を。一番大事なのは騒音が出ない仕組みづくり
- 騒音健診の定期分の結果は、人数の区切りなく労働基準監督署へ報告し、記録は5年保存

