「血圧が高いと、夜勤はさせてはいけないんですか?」——夜勤のある職場の健診後、人事担当者から必ずと言っていいほど受ける質問です。結論から言うと、「血圧がいくつ以上なら夜勤禁止」という一律の法的基準はありません。夜勤の可否は、健康診断の結果をもとに医師(産業医)が意見を出し、個別に判断します。ただし実務には目安があり、未治療で180/110mmHg以上(III度高血圧)なら、受診を最優先しつつ深夜業や残業の制限を検討するのが現役産業医としての標準的な運用です。
「高血圧だと夜勤禁止」という法律上の基準はあるのか

ありません。労働安全衛生法にも通達にも、「血圧○○以上の労働者を深夜業に就かせてはならない」という数値基準は存在しません。あるのは「健康診断で異常所見があった人について、医師の意見を聴き、必要なら就業上の措置を講じる」という仕組みです(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5)。
医師(産業医)の意見は、次の3区分で出されます。
- 通常勤務:これまで通り夜勤を含めて勤務してよい
- 就業制限:深夜業の回数を減らす、日勤へ転換する、残業を制限するなど、働き方に制限を加える
- 要休業:療養のため、一定期間勤務させない
つまり「夜勤禁止」は、法律が自動的に決めるのではなく、この意見聴取のなかで「深夜業の回数減少」「作業転換」といった就業制限のひとつとして個別に出てくるものです。なお深夜業を含む業務の従事者には、通常の年1回ではなく6ヶ月以内ごとに1回の健康診断が義務づけられています(労働安全衛生規則第45条)。夜勤者はそれだけ健康リスクが高い、と法律自身が位置づけているわけです。
産業医が夜勤可否を判断するとき、血圧のどこを見るか
ベースになるのは高血圧治療ガイドライン(JSH2019)の血圧分類です。
| 分類(診察室血圧) | 収縮期/拡張期(mmHg) | 実務での扱いの目安 |
|---|---|---|
| I度高血圧 | 140〜159 / 90〜99 | 受診勧奨・生活改善。夜勤は継続できることが多い |
| II度高血圧 | 160〜179 / 100〜109 | 受診勧奨を強め、経過を確認。業務内容次第で配慮を検討 |
| III度高血圧 | 180以上 / 110以上 | 受診を最優先。未治療なら深夜業・残業の制限を検討 |
産業医が見ているのは数値だけではありません。治療中かどうか(通院・服薬の状況)、合併症の有無(心肥大・腎機能・眼底など標的臓器障害)、自覚症状、そして業務の中身——重量物取扱い、高所作業、車両運転など、発作が起きたときに本人や周囲の命に関わる業務かどうか。この掛け算で、夜勤可否・制限の程度を決めていきます。
なぜ夜勤は血圧に悪いのか——医学的な理由

血圧には本来、昼に高く夜間の睡眠中に10〜20%下がるというリズムがあります。夜勤はこのリズムを崩し、夜間も血圧が下がらない状態(non-dipper型)を作りやすくなります。夜間に血圧が下がらない人は、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高いことが知られています。
さらに、夜間に働くこと自体が交感神経を強く活性化させ、血圧を押し上げます。そこに睡眠不足と、夜勤に伴う食生活の乱れが追い打ちをかけます。国の労災認定基準(脳・心臓疾患)でも、深夜勤務や交替制勤務は業務の過重性を評価する負荷要因として明記されています。「高血圧の人の夜勤」が産業医のチェックポイントになるのは、この積み重ねが脳・心臓疾患という最悪の結果に直結し得るからです。
夜勤禁止(就業制限)・要休業と判断されるのはどんなケースか

実際に深夜業の制限や休業の意見が出るのは、たとえば次のようなケースです。
- 未治療のIII度高血圧(180/110以上)で夜勤に就いている——まず受診。結果が出るまで深夜業・残業を制限する意見が出やすい典型例
- 180/120以上で頭痛・胸痛・視覚異常などの症状がある(高血圧緊急症の疑い)——就業どころではなく即受診。要休業レベル
- 心肥大・腎機能低下などの臓器障害があり、服薬してもコントロール不良——深夜業の回数減少や日勤転換を検討
- 数値は中等度でも、単独作業・運転・高所など発作時に重大事故につながる業務——業務内容とセットで制限を判断
逆に、服薬で140未満にコントロールできていれば、夜勤継続が認められることは珍しくありません。「高血圧の診断がある=夜勤NG」ではないのです。なお、産業医の就業制限にどこまで強制力があるか、会社は従う義務があるのかは産業医の就業制限に強制力はあるのかで、ドクターストップ全般の仕組みはドクターストップとは?就業制限の判断基準・手続き・法的効力で詳しく解説しています。
会社がやるべき対応——一方的な夜勤外しも、放置もNG

人事担当者が押さえるべき手順はシンプルです。健診で血圧の所見が出たら、健診実施日から3ヶ月以内に医師(産業医)の意見を聴き、その意見をもとに働き方を調整する。これは事業場の規模を問わず、すべての会社の義務です。
夜勤を外されること自体を、本人が嫌がるケースももちろんあります。夜勤手当が減る事情は切実です。それでも会社として対処しなければならない場面で、私は本人にこう伝えています。「このまま放置すれば、あなた自身の体に大きなリスクがある。会社にとっては労働災害につながる恐れがある。そして倒れたら、家族が悲しむ。三方みんなが損をしてしまう」。数値だけで押すより、この話のほうがずっと納得してもらえます。
従業員の方へ——高血圧で仕事を休むべきサイン
この記事を読んでいる方が働く本人なら、次のサインだけは覚えてください。血圧が高いうえで、激しい頭痛、胸の痛み、息苦しさ、ろれつが回らない・手足に力が入らないといった症状があるときは、仕事を休む・続けるの判断以前に救急受診が必要です。脳卒中や心筋梗塞のサインである可能性があります。
症状がなくても、健診や家庭血圧で180/110以上が続くなら早めに内科へ。「症状がないから大丈夫」が高血圧のいちばんの落とし穴で、自覚症状のないまま血管と心臓・腎臓が傷んでいきます。治療しながら夜勤を続けられるかどうかは、主治医と会社の産業医に相談すれば、働き方も含めて調整できます。休職まで必要になるのは、高血圧緊急症や臓器障害の治療が必要なケースなど一部です。
まとめ:夜勤可否は「数値の一律基準」ではなく「産業医の個別判断」
- 「血圧いくつで夜勤禁止」という一律の法的基準はない。医師の意見聴取(安衛法66条の4)による個別判断
- 実務の目安は180/110以上(III度)で受診最優先+就業配慮を検討。II度は受診勧奨と経過確認
- 判断材料は数値×治療状況×合併症×業務内容。コントロール良好なら夜勤継続できることも多い
- 夜勤は血圧のリズムを崩し脳・心臓疾患リスクを上げる。深夜業従事者は6ヶ月ごとの健診が義務
- 会社は一方的な夜勤外しも放置もNG。産業医の意見を挟んで、根拠のある調整にする
制度の一次情報は厚生労働省(健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針、脳・心臓疾患の労災認定基準)やe-Gov法令検索(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5、労働安全衛生規則第45条)で確認できます。血圧分類は日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)」に基づいています。
よくある質問
Q. 血圧がいくつになったら夜勤禁止になりますか?
一律の基準はありません。実務では180/110mmHg以上(III度高血圧)が就業上の配慮を検討する目安ですが、それも「即・夜勤禁止」ではなく、まず受診につなぎ、治療状況・合併症・業務内容を踏まえて産業医が個別に判断します。服薬でコントロールできれば夜勤を継続できるケースは多くあります。
Q. 法律で「高血圧の人は夜勤禁止」と決まっているのですか?
決まっていません。労働安全衛生法が定めているのは、健康診断で異常所見のあった労働者について医師の意見を聴き(第66条の4)、必要に応じて深夜業の回数減少や作業転換などの措置を講じる(第66条の5)という仕組みです。夜勤の可否はこの意見聴取のなかで個別に判断されます。
Q. 降圧薬を飲んでいれば夜勤を続けても大丈夫ですか?
服薬して血圧がコントロールできていれば、夜勤継続が認められることは珍しくありません。ただし「飲んでいるかどうか」ではなく「コントロールできているか」が基準です。服薬中でも数値が高いままの場合や、心臓・腎臓などに合併症がある場合は、深夜業の制限を検討することがあります。定期的な通院と、6ヶ月ごとの健診を欠かさないことが前提です。
Q. 会社の判断だけで、高血圧の従業員を夜勤から外してもいいですか?
おすすめしません。夜勤から外すと夜勤手当の減少など本人の不利益を伴うため、医学的根拠なく一方的に行うとトラブルの原因になります。健診結果をもとに産業医の意見を聴き、その意見を根拠として、本人に説明したうえで働き方を調整するのが正しい手順です。
Q. 高血圧を理由に休職が必要になるのはどんなときですか?
多くはありませんが、血圧180/120以上に頭痛・胸痛・視覚異常などの症状を伴う高血圧緊急症(の疑い)や、臓器障害が進んで集中的な治療が必要なケースでは、要休業(療養のため一定期間勤務させない)と判断されることがあります。この場合はまず医療機関での治療を優先し、復帰時期や復帰後の働き方は主治医と産業医の意見を踏まえて決めます。

