「健診で肝機能が引っかかった社員に、仕事の制限は必要ですか?」——人事担当者からよく受ける質問です。結論から言うと、肝機能の数値が悪いというだけで就業制限をかけることは、実際にはほとんどありません。血圧や血糖と違って「この数値なら夜勤禁止」といった線引きもなく、大多数はこれまでどおり通常勤務のまま、原因を調べて生活改善や治療に取り組みます。ただし、ここで最初に強調したいのは、「γ-GTPくらい、みんな高いから大丈夫」と放置するのがいちばん危ないということ。就業制限はいらなくても、肝機能の数値は体からの静かなサインで、放っておいてよいわけではないからです。
肝機能異常で「就業制限」になる法律上の基準はあるのか

ありません。高血圧や糖尿病と同じで、法律は「この数値なら就業禁止」という線を引いていません。あるのは、健康診断で異常所見(肝機能ならAST・ALT・γ-GTPなど)が出た人について、医師の意見を聴き、必要なら就業上の措置を講じるという仕組みです(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5)。医師の意見は、通常勤務・就業制限・要休業の3区分で出されます。
そして肝機能異常の場合、この3区分のうち大多数は「通常勤務」です。肝機能の数値が基準を少し超えているくらいで、働き方に制限をかけることはまずありません。就業制限や休業が出るのは、肝硬変が進んで全身状態が悪い、といったごく一部の重いケースに限られます。健診で肝機能を指摘された人に対して会社が本当にやるべきなのは、就業を止めることではなく、確実に受診・生活改善につなげることです。
AST・ALT・γ-GTPは何を見ている数値か
健診の肝機能検査は、主に3つの数値で肝臓の状態を見ます。それぞれ意味が違います。
| 項目 | 主に反映するもの | 目安(健診機関により幅あり) |
|---|---|---|
| AST(GOT) | 肝臓のほか心臓・筋肉の細胞の傷み | おおむね30台以下が基準 |
| ALT(GPT) | より肝臓に特異的な細胞の傷み | おおむね30台以下が基準 |
| γ-GTP | アルコールや脂肪肝、胆道の影響を受けやすい | 男性は50前後、女性は30〜40前後まで |
数値より大事なのは「原因」——脂肪肝・飲酒・ウイルス

肝機能異常は病名ではなく、何かが起きている「サイン」です。よくある原因は次のとおりです。
- 脂肪肝(過栄養・運動不足):いまや肝機能異常の最多の原因。飲まない人でも起こる。放置すると肝炎・肝硬変に進むことがある
- アルコール(多量飲酒):γ-GTP高値の代表的な原因。習慣的な多量飲酒は肝臓だけでなく仕事・生活全体に影響する
- ウイルス性肝炎(B型・C型):自覚なく進み、放置すると肝硬変・肝がんのリスク。数値がわずかでも見逃せない
- 薬剤性・その他:常用薬やサプリが原因のことも。自己判断せず受診で確認する
産業保健で見逃せない「飲酒」の問題

γ-GTPの高値が続く人のなかには、本人も気づかないうちに多量飲酒が習慣になっている方がいます。これは肝臓の問題であると同時に、遅刻・欠勤・事故・パフォーマンス低下など、仕事のパフォーマンスにも関わる産業保健上のテーマです。
ただし、飲酒は非常にデリケートな話題です。会社が本人を責めたり、飲酒量を問い詰めたりするのは逆効果ですし、ハラスメントにもなりかねません。「健診の数値をきっかけに、産業医・保健師との面談につなぐ」のが安全なやり方です。医療職が間に入れば、本人も身構えずに相談でき、必要なら専門医療(アルコール依存の治療など)へ橋渡しすることもできます。健診結果を面談につなぐ流れは健康診断の事後措置とは|有所見者の就業判定の進め方で解説しています。
就業配慮・要休業と判断されるのはどんなケースか
肝機能異常で実際に働き方の配慮や休業の意見が出るのは、たとえば次のような限られたケースです。
- ALT・ASTが極端に高い(急性肝炎の疑いなど)——まず受診・精査が最優先。原因や重症度によっては一時的な休養が必要になることも
- 肝硬変が進み、倦怠感・むくみ・出血しやすさなど全身状態に影響が出ている——体力を要する業務や長時間労働の調整を個別に検討
- 多量飲酒がコントロールできず、遅刻・欠勤・安全上の問題が出ている——治療につなぐことが優先。安全に関わる業務は状況に応じて調整
逆に、脂肪肝や軽度の数値上昇で、原因を調べて生活改善に取り組んでいるなら、通常勤務のまま経過を見るのが基本線です。肝機能が高いからと仕事を制限するのは、ほとんどの場合、必要ありません。判断の骨組みは他の生活習慣病と共通で、糖尿病は就業制限になる?や高血圧で夜勤禁止になる基準は?もあわせてご覧ください。
会社がやるべき対応——「受診につなぐ」が9割
手順はシンプルです。健診で肝機能の所見が出たら、健診実施日から3ヶ月以内に医師(産業医)の意見を聴き、必要な対応につなげる。これは事業場の規模を問わず、すべての会社の義務です。ただ肝機能に関して言えば、就業制限を考える場面はほとんどなく、実務のほぼすべては「確実に受診・再検査につなぐこと」に集約されます。
従業員の方へ——「沈黙の臓器」だからこそ早めに

働く本人として覚えておいてほしいのは、肝臓は症状が出にくく、数値の異常が唯一の早期サインになるということです。健診で肝機能を指摘されたら、「痛くないから」ではなく「痛くないうちだから調べる」と考えてください。脂肪肝の段階なら、食事・運動・減酒で数値が戻ることも多くあります。
また、お酒の量が自分でコントロールしづらいと感じているなら、それは意志の弱さではなく相談すべきテーマです。会社の産業医・保健師は、あなたを責める立場ではなく、数値を入り口に一緒に手を打つ味方です。ひとりで抱えず、まずは面談で数値と生活のことを話してみてください。
まとめ:肝機能異常は「制限」より「原因を調べて受診につなぐ」
- 肝機能異常(AST・ALT・γ-GTP)単独で就業制限が出ることはまれ。多くは通常勤務のまま原因を調べて生活改善・治療をする
- 数値は「病名」ではなく「サイン」。脂肪肝・多量飲酒・ウイルス性肝炎などが背景にあり、原因検索が最優先
- 肝臓は「沈黙の臓器」。「痛くないから」と放置すると脂肪肝から肝硬変・肝がんへ静かに進むことがある。放置がいちばんのリスク
- γ-GTP高値の背景にある多量飲酒は、責めるのではなく産業医・保健師との面談につなぐ。ハラスメントにしない配慮が必要
- 会社の実務は「就業制限」より「確実に受診・再検査につなぐこと」。要再検査の紙を渡して終わりにしない
制度の一次情報は厚生労働省(健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針)やe-Gov法令検索(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5)で確認できます。肝機能検査の基準値は健診機関によって幅があるため、詳細は受診先の判定に従ってください。
あわせて読みたい:健診の有所見と「働き方の判断」
健康診断で見つかる所見ごとに、就業制限や配慮が必要になるのかを産業医の視点で解説しています。判断の考え方は共通なので、あわせてご覧ください。
- 健康診断の事後措置|有所見者の就業判定の進め方
- 高血圧で夜勤禁止になる基準は?産業医が見る血圧の目安
- 高血圧で就業制限になる基準は?産業医が出す制限の種類と会社対応
- 貧血で仕事はドクターストップになる?産業医が見るHb値の目安
- 糖尿病は就業制限になる?HbA1cと低血糖・運転の注意
よくある質問
Q. 肝機能の数値が悪いと、仕事に制限がかかりますか?
肝機能異常だけで就業制限がかかることはまれです。数値が基準を少し超えている程度なら、通常勤務のまま原因を調べて生活改善や治療を行うのが一般的です。就業制限や休養が検討されるのは、急性肝炎の疑いで数値が極端に高い場合や、肝硬変が進んで全身状態に影響が出ている場合など、限られたケースに限られます。
Q. γ-GTPが高いのはお酒のせいですか?
γ-GTPはアルコールの影響を受けやすい数値ですが、原因はお酒だけではありません。脂肪肝や胆道の異常、薬剤などでも上がります。お酒を飲まない人でも高くなることがあるため、「飲酒のせい」と決めつけず、受診して原因を確認することが大切です。多量飲酒が背景にある場合は、産業医・保健師との面談を通じて無理なく相談・治療につなげるのがよい方法です。
Q. 脂肪肝と言われましたが、放っておいても大丈夫ですか?
放置はおすすめしません。脂肪肝は「ただ脂肪がついているだけ」と軽く見られがちですが、一部は肝炎から肝硬変・肝がんへ進むことがあります。肝臓は症状が出にくい「沈黙の臓器」で、数値の異常が数少ない早期サインです。食事・運動・減酒などの生活改善で数値が戻ることも多いので、早めに受診して方針を立てるのが安心です。
Q. 健診で社員の肝機能に所見が出たら、会社は何をすべきですか?
健診実施日から3ヶ月以内に医師(産業医)の意見を聴き、必要な対応につなげます(労働安全衛生法第66条の4・第66条の5)。肝機能に関しては就業制限を考える場面はまれで、実務のほとんどは「確実に受診・再検査につなぐこと」です。要再検査の案内を渡すだけで終わらせず、産業医・保健師から受診の後押しをすると放置を防げます。
Q. 飲酒が原因かもしれない社員に、会社はどう対応すればいいですか?
本人を責めたり飲酒量を問い詰めたりするのは逆効果で、ハラスメントにもなりかねません。健診の数値を入り口に、産業医・保健師との面談につなぐのが安全なやり方です。医療職が間に入ることで、本人も身構えずに相談でき、必要なら専門医療(アルコール依存症の治療など)へ橋渡しできます。飲酒はデリケートな話題なので、プライバシーへの配慮を徹底してください。

