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産業医を選任しないと罰則50万円?未選任・名義貸しのリスクを解説

2026 7/07
産業保健全般
2026年7月6日2026年7月7日

「従業員が50人を超えたけれど、産業医はまだ」「知り合いの先生に名前だけ貸してもらっている」——現役産業医として、この状態の会社を何度も引き継いできました。結論から言うと、常時50人以上の事業場で産業医を選任しないのは労働安全衛生法違反で、50万円以下の罰金の対象です。しかも名義貸しは「選任した」ことにはなりません。そして本当に怖いのは、罰金そのものよりもその先にあります。

この記事の要点は3つです。①未選任・名義貸しは50万円以下の罰金。②罰金より重いのは安全配慮義務違反による損害賠償と、メンタル不調者を拾えないことによる人材の損失。③50人未満でも安全配慮義務は消えない。順番に、実務の視点で解説します。

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代表産業医 角田拓実
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目次

産業医を選任しないと、どんな罰則がある?

常時50人以上の労働者を使用する事業場には、産業医の選任義務があります(労働安全衛生法第13条・労働安全衛生法施行令第5条)。この義務を果たさなかった場合、労働安全衛生法第120条により50万円以下の罰金が科される可能性があります。「会社」に対する罰則で、規模の大小は問われません。

見落とされがちなのが期限です。産業医は、選任すべき事由が発生した日(=常時50人に達した日)から14日以内に選任し、遅滞なく所轄の労働基準監督署へ選任報告書を提出しなければなりません。「探している最中だった」は、期限を過ぎれば未選任と同じ扱いになります。

選任義務そのものの根拠をもう少し詳しく知りたい方は、産業医はどの法律によって義務付けられているかもあわせてご覧ください。

「選任したつもり」でも危ない——名義貸しも罰則の対象

産業医は名前を届け出るだけでは不十分で、職場巡視・健康管理・面接指導などの実務が伴わない名義貸し状態は罰則の対象になり得ることを示した図。

ここが最も誤解されているポイントです。産業医の選任義務は「名前を届け出れば終わり」ではありません。法律が求めているのは、産業医が実際に職場巡視・健康管理・面接指導などの職務を行うことです。名前だけを借りて実務が伴っていない、いわゆる「名義貸し」の状態は、選任義務を果たしたことにならず、罰則の対象になり得ます。

じつは現場の感覚では、産業医を「一人も選任していない」会社はほとんど見かけません。圧倒的に多いのは、選任はしているけれど実務が伴っていない=名義貸しの状態です。しかもこれは小さな会社に限った話ではなく、従業員200人規模の会社でも、地域によっては珍しくありません。産業医という制度自体がまだ十分に知られておらず、名義貸しでの運用が当たり前になっている土壌があるのです。

私自身、こうした名義貸し・形骸化した体制の会社を何度も引き継いできました。実態は「産業医は年に1回来るだけ」「健康診断の結果を病院から届けてくれるだけ」——法律が求める職場巡視も面談も、ほとんど行われていないレベルです。しかも人事担当者は、それが問題だと気づいていないことがほとんどです。悪気があるのではなく「昔からその運用で、それが当たり前」としか知らないからです。

ところが実際にお話しして「産業医は本来こういう役割です」とお伝えすると、多くの担当者がその場で「これ、良くないですよね」と気づかれます。つまり問題は悪意ではなく、正しい基準を知る機会がなかっただけ。だからこそ、一度立ち止まって自社の体制が「名前だけ」になっていないかを確認する意味があります。

もし今の産業医が形だけになっていると感じるなら、産業医を変えたい人事担当者へ|放置リスクと正しい変更手順が具体的な進め方の参考になります。

罰金だけじゃない。本当に怖い「安全配慮義務違反」の損害賠償

罰金50万円は入口に過ぎず、安全配慮義務違反による損害賠償は数千万円から億単位に及ぶ可能性があることを示す図解。従業員の健康被害、人材損失、企業の信頼低下を防ぐには、産業医を実務で機能させることが重要だと説明している。

ここが、この記事で一番お伝えしたいところです。50万円の罰金は、正直に言えば「入口」に過ぎません。企業には労働契約法第5条に基づく安全配慮義務があり、従業員の生命・健康を守るために必要な配慮をする責任があります。産業医が機能していない状態で従業員に健康被害が生じれば、この安全配慮義務違反として損害賠償を問われる——賠償額は数千万円から億単位に及ぶことも珍しくありません。

とくに今、多くの会社が対応に苦慮しているのがメンタルヘルス不調です。名義貸しの状態では、そもそも相談がしづらい。相談できても、産業医が普段メンタルを診ていない診療科の先生だと「専門ではないので分かりません」となってしまうことも少なくありません。その結果、不調のサインが誰にも拾われないまま、退職や長期休職になって初めて表面化する——罰金では済まない「人材の損失」が、静かに積み上がっていきます。

典型的なのが復職の場面です。休職者の主治医から「週3日勤務」「半日勤務」といった診断書が出ても、交代勤務や実際の業務形態にまったく合わないことがあります。「主治医の意見を尊重すれば会社が回らない、でも無視もできない」——ここで担当者が立ち往生して、初めて私たちに相談が来るケースを何度も見てきました。

産業医が実務として関わると、こうした場面を「その都度悩む」から「あらかじめ決めておく」に変えられます。たとえば「この種類の診断書が来たらこう対応する」というルールを先に用意しておく。それだけで担当者は迷わず動けるようになり、不調者を早い段階で拾い出せるようになります。名義貸しでは、この“決めごと”を作れる人が誰もいないまま放置されてしまうのです。

とくに長時間労働と健診の有所見が重なる従業員は要注意です。詳しくは健診結果 × 労働時間 — 過労死認定リスクが急上昇する危険な組み合わせで解説しています。罰金・損害賠償・人材損失——この3つを天秤にかければ、産業医体制は「コスト」ではなく「保険」だと分かるはずです。

何人になったら義務?「常時50人」の数え方の落とし穴

「常時50人以上」は、会社全体ではなく事業場(オフィス・工場・店舗などの単位)ごとで数えます。ここを取り違えて、拠点ごとでは50人を超えているのに未選任、という会社は少なくありません。

  • 数えるのは「会社全体」ではなく「事業場」単位
  • 正社員だけでなく、パート・アルバイト・受け入れている派遣労働者も「常時使用する労働者」に含めて数える
  • 繁忙期だけ50人ではなく、常態的に50人以上かどうかで判断する
  • 50人以上になると、産業医だけでなく衛生管理者の選任・衛生委員会の設置・ストレスチェックの実施も同時に義務になる

つまり「50人到達」は、複数の義務が一斉にスタートする節目です。産業医だけ手当てして他が抜ける、という取りこぼしが起きやすいので、チェックリストで一度に確認するのが安全です。

いつまでに?14日以内・選任報告を怠るリスク

前述のとおり、選任期限は事由発生から14日以内です。選任したら「総括安全衛生管理者・産業医等選任報告」を所轄労働基準監督署へ遅滞なく提出します。この報告書の未提出・遅延も、労基署の是正指導の対象です。届出の手続き自体は、慣れてしまえば難しくありません。

実際の提出イメージは、産業医の選任届を電子申請で試してみたら意外と簡単だった話が参考になります。反対に、体制を解消・変更する際の手続きは産業医の解任手続き完全ガイドにまとめています。

罰則はどう科される?労基署の是正勧告から書類送検までの流れ

産業医の未選任や名義貸しが判明した場合、労基署の臨検や労災・申告をきっかけに体制確認が行われ、是正勧告、是正報告を経て、多くは収束する流れを示した図。指導に従わない悪質な場合は書類送検や罰金に進む可能性がある。

「未選任だと、いきなり罰金なのか」とよく聞かれますが、実務上はいきなり罰金ということはほとんどありません。多くは次の順番で進みます。

  • 労働基準監督署の臨検(立入調査)や、労災・申告をきっかけに体制がチェックされる
  • 未選任・名義貸しが判明すると、是正勧告書が交付され、期限までの是正を求められる
  • 是正報告を提出して体制を整えれば、多くはここで収束する
  • 指導に従わず放置した場合や悪質なケースでは、書類送検・罰金へと進む

私の実感では、臨検の典型的なきっかけは労働災害です。労災が起きると労基署はまず見に来ますし、そこで「健康診断の結果をチェックしていなかった」「産業医が実務として関与していなかった」という点が問われます。前述のとおり産業医を一人も選任していない会社はまれなので、実際にチェックされるのは“名前だけでなく実務が伴っているか”です。「実際に働いてもらってください」——指摘の本質はここに尽きます。

担当者や経営者に「産業医に実務をお願いしましょう」と話すと、前任の先生から「本業の診療が忙しくて対応は難しい」と言われ、そこで初めて産業医の見直しに動く——という流れもよく見ます。多くの担当者は、うすうす「このままではまずい」と感じています。ただ、臨検や労災といった外からのきっかけがないと、なかなか動き出せないのが実情です。だからこそ、問題が起きる前に整えておくことに価値があります。

50人未満なら本当に不要?義務がなくても残る安全配慮義務

常時50人未満の事業場には、産業医の選任義務はありません。ただし、安全配慮義務そのものは事業場の規模に関係なく残ります。50人未満だから健康管理を何もしなくてよい、という意味では決してありません。健康診断・長時間労働者への対応・メンタル不調への備えを怠って健康被害が生じれば、規模が小さくても安全配慮義務違反を問われ得ます。

50人未満の会社が「義務ではないが、体制は持っておきたい」というときの選択肢は、従業員50人未満の会社に産業医は必要かで詳しく解説しています。保健師が定期的に関わり、必要に応じて産業医と連携する形なら、コストを抑えつつ安全配慮義務に手当てできます。

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産業医の交代・解任に伴う「選任されたまま放置」を防ぐため、2026年(令和8年)8月1日から辞任・解任・退任の報告が義務化されます。詳しくは【2026年8月施行】産業医の解任・辞任の報告義務化で会社がやることをご覧ください。

まとめ:未選任・名義貸しを今すぐ解消する3ステップ

  • 常時50人以上の事業場で産業医を選任しないのは労働安全衛生法違反(50万円以下の罰金)。名義貸しも「選任した」ことにならず罰則対象
  • 罰金より重いのは、安全配慮義務違反による損害賠償と、メンタル不調者を拾えないことによる人材の損失
  • まず自社の各事業場の人数(パート・派遣を含む)を数え、50人以上の拠点を洗い出す
  • 実務を行う産業医を14日以内に選任し、選任報告書を労基署へ提出する
  • 50人未満でも安全配慮義務は残る。保健師・産業医の連携で最低限の体制を持っておく

未選任も名義貸しも、追加予算をかけずに「まず実務のできる産業医を置く」ことから解消できます。焦って再び名前だけの体制にしてしまうと、5年後・10年後に負債として残ります(参考:急いで選んだ産業医が企業に残す3つの負債)。制度の一次情報は、厚生労働省やe-Gov法令検索(労働安全衛生法第13条・第120条、施行令第5条、労働契約法第5条)で確認できます。

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代表産業医 角田拓実
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よくある質問

Q. 産業医を選任しないと逮捕されますか?

いきなり逮捕されることは通常ありません。労働安全衛生法違反の罰則は「50万円以下の罰金」で、多くは労働基準監督署の是正勧告→是正報告という流れで収束します。ただし指導に従わず放置した場合や悪質なケースでは、書類送検を経て罰金が科される可能性があります。刑事罰の対象になり得る違反である点は変わりません。

Q. 名義貸しの産業医でも罰則の対象になりますか?

なり得ます。選任義務は「名前を届け出ること」ではなく、産業医が職場巡視・健康管理・面接指導などの職務を実際に行うことを求めています。名前だけで実務が伴わない名義貸しは、選任義務を果たしたことにならず、未選任と同様に是正指導や罰則の対象となる可能性があります。

Q. 産業医の選任を忘れていた場合、さかのぼって罰せられますか?

過去の未選任期間そのものが直ちに罰金になるわけではありませんが、労働基準監督署に指摘されれば速やかな是正を求められます。重要なのは、指摘を受けてから慌てるのではなく、50人到達を把握した時点で14日以内に選任・報告することです。未選任の期間が長いほど、その間に健康被害が生じた場合の安全配慮義務違反リスクが高まります。

Q. 産業医がいないことは労基署にどうやって発覚しますか?

労働基準監督署の臨検(定期・随時の立入調査)のほか、従業員からの申告、労働災害の発生、長時間労働に関する調査などがきっかけになります。「うちのような中小企業には来ない」と考えるのは危険で、実際には労災やメンタル不調の申告を端緒に体制がチェックされるケースが少なくありません。

Q. 罰金50万円は会社と代表者のどちらが払いますか?

労働安全衛生法の選任義務違反は事業者(会社)に課される罰則です。加えて、違反の実態に応じて代表者や責任者個人が処罰の対象となる場合もあります。いずれにしても金額の多寡より、刑事罰・是正指導の対象になること、そしてその背後にある安全配慮義務違反(損害賠償)のリスクを重く捉えるべきです。

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産業保健解説メディア「さんぽちゃーと」編集長。株式会社サンポチャート代表取締役。株式会社豊田自動織機専属産業医の後、東海地方を中心に50事業所以上の職場健康管理に関わっている。資格:日本医師会認定産業医/博士(医学)/労働衛生コンサルタント(保健衛生)/健康経営エキスパートアドバイザー。著書に40代から始めるあなたの予防医学(自由国民社)、図解入門ビジネス職場メンタルヘルスの基本と対応がよくわかる本(秀和システム新社)がある。

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