「産業医の先生から、高齢なので今年度で辞めたいと言われました。後任はどう探せばいいでしょうか」——産業医として、こういうご相談を受けることがあります。
先に結論です。辞任の日から14日以内に後任を選任し(労働安全衛生規則第13条第1項第1号)、後任の選任報告に前任者の氏名と辞任の年月日を書いて提出します(同条第2項第7号)。辞任したことと理由は、衛生委員会にも報告します(同条第4項)。後任探しで焦って見落としがちなのは、「その料金の中で何ができるか」「困ったときにすぐ相談できるか」です。辞める先生には、事業所で困っていたことと次の先生へのアドバイスを聞き、意見書などの書類をもらっておいてください。引き継ぎは必ずしもできませんが、何もなくても、次の先生が上手にやってくれることが多いです。会社の側から交代を切り出す場面の言い方と順番は、産業医の交代をいまの先生にどう切り出す?にまとめています。
私は名古屋で産業医をしている角田拓実です。この記事は、先生の側から「辞める」と言われた場面に絞って、手続きの順番と、後任探しで確かめること、最後に頼んでおくことを書きます。会社の側から変える手順は産業医の変更・交代の手順|4月に切り替えるならいつ動く?にあります。
産業医が辞める理由で多いのは?——ご高齢と多忙、そして「来なくなる」先生

辞めると言ってくる理由で多いのは、ご高齢と多忙です。開業医の先生が本業で手いっぱいになり、訪問が続かなくなることがあります。年齢を重ねてから辞める、というお話も多いです。
私の見方では、きちんと「辞めます」と言ってくださる先生は、真面目な先生です。会社が本当に困るのは、辞めるとは言わずに来なくなってしまう先生のほうです。契約は切れているのに選任されたまま、という宙ぶらりんの状態は、2026年8月からは報告の義務にも関わります(産業医の解任届はない?様式第3号での届け方と2026年8月からの報告義務)。
辞めると言われた日からの手続き——14日の期限、選任報告、衛生委員会への報告


法令上の期限は、産業医を選任すべき事由が発生した日から14日以内です。前の先生が辞めた日が、その「事由が発生した日」にあたります。次の順に進めます。
- 辞任の日を決める: 口頭で終わらせず、辞任日を書面(メールでも)で残す。後任が決まるまでの期間を先生と相談し、できれば重なる期間を作る
- 衛生委員会に報告する: 産業医が辞任したときは、遅滞なく、その旨と理由を衛生委員会(安全衛生委員会)に報告する(労働安全衛生規則第13条第4項)
- 後任を探して契約する: 辞任日から14日以内に選任する(同条第1項第1号)。探し方は産業医の探し方と選び方|5つのルートと7つのチェック
- 選任報告を出す: 後任を選任したら遅滞なく、所轄の労働基準監督署長へ電子申請で報告する。前任者の氏名と辞任の年月日を書く欄がある(同条第2項第7号)。書き方は産業医の選任報告(選任届)の書き方|様式第3号の記入例・電子申請の手順
- 社内に知らせる: 産業医が変わったことと、面談や相談の窓口が変わらないことを社員に伝える
先生が急に辞めてしまうこともあります。それでも、焦って最初に見つかった先生に決めるのではなく、条件を見てから決めるほうが、あとで困りません。14日は、探し始めるには十分な時間です。
後任探しで焦って見落としがちなこと——料金の中で何ができるか、困ったときすぐ相談できるか


後任探しで抜けやすいのは、どんな仕事をしてくれるか・どういう先生か・どういう対応ができる会社かの3つです。前の先生と同じ料金で頼めても、中身が同じとは限りません。監督署の期日に追われて急いで決める場面の確かめ方は、労基署に産業医の選任を指摘されたら?にあります。
| 確かめること | 聞き方 |
|---|---|
| その料金の中で何ができるか | 「職場巡視・衛生委員会・健診の就業判定・面談のうち、顧問料に含まれるのはどれですか」 |
| 顧問としての対応はあるか | 「訪問の日以外に、メールや電話で相談できますか」 |
| 困ったとき、すぐ相談できるか | 「社員が急に不調になったとき、次の訪問日まで待たずに動いてもらえますか」 |
| どういう先生・どういう会社か | 「担当の先生はどんな経歴ですか。先生と合わないとき、交代できますか」 |
実は、産業医の先生と会社のあいだには、思っている以上に壁があることがあります。訪問の日しか話せない、相談したいのに連絡先が分からない、というものです。後任を選ぶときに、その壁が低い先生・会社かどうかを見てください。料金の目安と「金額で決めない選び方」は産業医の費用・報酬相場|月3万円〜の実態と金額で決めない選び方、紹介会社を使うときは産業医紹介会社の比較|手数料の割合・切り替えの縛り・連絡の速さにあります。
辞める先生に、最後に聞いておくこと・もらっておくもの


辞める先生には、今後の助けになることを聞いておきます。事業所で困っていたことと、「次の先生には、こういうふうにやってもらうとよい」というアドバイスです。長く見てきた先生だからこそ分かる、職場のくせや気になる社員のことが、ここで出てきます。
- 事業所で困っていたこと、気になっていたこと
- 次の先生に、こうしてもらうとよい、というアドバイス
- 面談の記録や意見書の控え(就業制限・復職の判断など)
- 健康診断の就業判定の結果と、経過を見ている社員の一覧
- 衛生委員会の資料と、職場巡視で指摘したこと
できれば引き継ぎもしてほしいところですが、病気やご高齢が理由のときは、引き継ぎが必ずしもできないことも多いです。そのときは、書類だけでもきちんと受け取っておいてください。意見書などの記録は、法令で保存の期間が決まっているものもあります。そして、何も引き継げなくても、次の先生が記録を見ながら社員の話を聞いて、上手に始めてくれることが多いです。構えずに相談してください。
よくある質問
Q1. 後任が14日以内に見つからないときは、どうなりますか?
14日を過ぎた状態は未選任にあたります。探している状況を記録に残し、まずスポットで産業医と契約して急ぐ仕事(就業判定・面接指導)を進める順番もあります。辞める先生に、後任が決まるまで期間を延ばせないか相談するのも一つです。
Q2. 辞任の報告は、選任報告とは別に出しますか?
後任の選任報告に前任者の氏名と辞任の年月日を書けば、別の報告は要りません。2026年8月1日からは辞任・解任・退任の報告が義務になったので、後任が決まらないまま期間が空くときは、辞任の報告を出します。
Q3. 先生が急に来なくなりました。辞めたことになりますか?
なりません。辞任日が決まらないと、手続きが進みません。まず先生に連絡して辞任の意思と日付を確かめ、書面で残してください。連絡が取れないときは、契約書の解除の条項に沿って会社から解除します(産業医との契約解除通知書に何を書くべきか)。
Q4. 引き継ぎがないと、次の先生は困りますか?
困りません。記録(面談の記録・意見書・健診の結果)があれば、それを見ながら社員の話を聞いて始められます。記録がなくても、人事の方からこれまでの経緯を聞くところから始めます。
Q5. 衛生委員会への報告は、何を伝えますか?
産業医が辞任したこととその理由を、遅滞なく報告します(労働安全衛生規則第13条第4項)。議事録に、辞任日・理由・後任の予定を残しておけば足ります。
まとめ
- 辞める理由で多いのはご高齢と多忙。言ってくれる先生は真面目。困るのは来なくなる先生
- 辞任日を書面で決め、衛生委員会に報告し、14日以内に後任を選任、選任報告に前任者の氏名と辞任日を書く
- 焦って見落とすのは「料金の中で何ができるか」「顧問対応はあるか」「困ったときすぐ相談できるか」
- 辞める先生には、困っていたことと次の先生へのアドバイスを聞き、意見書などの書類をもらう
- 引き継ぎがなくても、次の先生は記録と面談から始められる
出典: 労働安全衛生規則(e-Gov法令検索)第13条第1項・第2項・第4項。










