「メンタル案件で困っているのに、肝心の産業医が動いてくれない。でも、あの先生を切るのはちょっと……」——人事担当者からよく聞く相談です。
結論からいうと、産業医の変更を法的に禁じるルールはほぼ存在しません。多くは準委任契約で、契約書に書かれた解約通知期間さえ守れば交代は可能です。それでも現場で「変えられない」が起きるのは、契約ではなく人間関係と契約形態の組み合わせに落とし穴があるからです。本記事では、変更を阻む3つの典型パターンと、凛として動くための打開策を整理します。
前提:法律上は「変えてはいけない」ルールはほぼない

産業医契約のほとんどは準委任契約です。契約書に解約通知期間(多くは1〜3か月前)が定められていれば、その手続きを踏むだけで交代できます。「変えると違法」「医師会の許可がないと無理」といった話は、ほぼすべて誤解か、契約書の特殊条項に縛られているケースです。
それでも交代が進まない理由は、純粋に心理的・関係性のハードルにあります。次の3パターンが代表例です。
パターン①:地元の名士・ベテラン開業医パターン

「近所の開業医の先生にお願いしている」「50代・60代のベテランで地元では名の知れた方」——このパターンが一番動きにくいです。
- 顔に泥を塗ることになるのではないかという気がかり
- 社員が今後その医院にかかれなくなるのでは、という不安
- 「先方に怒られるのでは」という担当者個人の心理的負担
気持ちは分かりますが、ここで止まるとパフォーマンスが上がらない産業医を温存し続けることになります。
困るのは結局、メンタル不調で長期化している従業員と、対応に追われる人事です。後述する「役員クラスが話す」打開策で乗り越える領域です。
パターン②:医師会経由の三者契約パターン

古くから続いている契約で、契約書に会社・産業医・医師会長の三者印が押されているケースがあります。この場合、解約や交代の際に「医師会長に話を通すこと」が条文化されていることがあります。
担当者からすれば、「医師会長って誰?」「直接話せる関係ではない」となり、心理的なロックがかかります。ただ、この場合も契約書の文言どおりに手順を踏めば交代は可能です。重要なのは次の2点。
- 契約書を引っ張り出して、解約通知の宛先と期間を必ず確認する
- 担当者個人で抱えず、人事部長や役員名義の正式な通知文書として出す
パターン③:社長の友人・知人ドクターパターン

社長や役員と懇意な医師に産業医を頼んでいるケースです。パフォーマンスが十分なら何の問題もありませんが、注意したいのは次のような状況です。
- 本業(自院の診療や経営)が忙しく、会社にコミットする時間がない
- メンタル対応や就業判定など、産業医特有の実務経験が乏しい
- 「社長の知り合い」という関係性ゆえに、人事からは現場の問題点を率直に伝えにくい
このパターンの難しさは、契約以前に社長を動かさないと変えられない点にあります。人事担当者だけで判断するのではなく、産業保健の実態(長期化案件・対応コスト・現場のリスク)を数字と事実で経営層に上げ、社長自身が「友人にも筋を通して交代する」と判断できる材料を整える必要があります。
紹介会社経由は比較的変えやすい——ただし注意点
大手の産業医紹介会社経由で契約している場合、上記3パターンよりは交代がスムーズです。担当変更がシステム化されており、紹介会社内で別のドクターに切り替える運用が整っています。
一方で注意点もあります。紹介会社経由はそもそも事前に1対1で面接する機会が乏しく、契約後に初めて「合うかどうか」が分かることが多い。質の見極めはどうしても後追いになり、気づいた時点で動ける柔軟性が逆に重要になります。
打開策:人事担当者個人で抱えず「会社として」話す

3パターンに共通する打開策はシンプルです。担当者個人の遠慮で止めず、会社としての判断に格上げすること。
- まず契約書を引っ張り出し、解約通知期間・宛先・必要な手続きを文面で確認する
- 後任候補を先にあたりだけつけておく(14日ルール対策と空白期間の回避)
- 通知は人事部長・役員クラスの名義で、書面として正式に出す
- 感情論ではなく「契約期間・業務範囲・成果」の事実ベースで淡々と話す
地元の名士であっても、医師会経由であっても、社長の友人であっても、この姿勢で凛として話せば話はつきます。
放置のコストは静かに膨らむ

「角が立つから」で機能していない産業医を温存する判断は、短期的には穏便でも、中長期では確実にコストになります。
- メンタル不調案件が長期化し、本人にも周囲にも負担が広がる
- 就業制限・復職判定があいまいなまま、トラブルの火種が残る
- 衛生委員会が形骸化し、義務だけ消化している状態が続く
- 「産業医はいる」という見かけの安心感が、本来打つべき手を遅らせる
従業員にメリットが届かないだけでなく、確実なデメリットが発生している——この事実を経営層と共有することが、3パターンを乗り越える原動力になります。
まとめ
- 産業医契約は準委任契約が中心で、法的に「変えてはいけない」ルールはほぼない
- 動きにくくする3パターンは「地元の名士」「医師会経由の三者契約」「社長の友人」
- 打開策は、担当者個人で抱えず役員クラス名義で契約書ベースに淡々と進めること
- 紹介会社経由は交代しやすい反面、事前の質の見極めが難しい
- 放置は従業員と人事の負担を静かに膨らませる——再選任は「会社の意思決定」として進める

