「仕事は休まなきゃいけないのかな…」「でも、休むことで迷惑がかかってしまう…」病気や怪我をすると、誰でも不安になりますよね。会社で働く私たちにとって、健康を害した時の休業は、大きな悩みの一つです。
しかし、自分の体のサインを見逃し、無理をして働き続けると、症状が悪化したり、周囲に迷惑をかけてしまったりする可能性も。
そこで今回は、産業医による「就業制限」について解説します。具体的にどのような基準で判断されるのか、ドクターストップが出された場合の具体的な手続き、そして就業制限に関する法律や産業医の中でのコンセンサスについても詳しく解説していきます。
産業医とはどんな仕事?法令、実務、活用方法に関して徹底解説。
産業医の主な役割と仕事内容
「産業医」はあまり聞き慣れないかもしれません。みなさんが普段お世話になっている病院の医師は病気やケガの治療を専門にしています。一方で会社で働くみなさんの健康を守る医師が産業医です。
産業医が果たす役割とは?
産業医は、会社で働くみなさんが健康上安心して仕事ができるようにさまざまなサポートをする医師です。具体的には、職場の環境が健康に及ぼす影響を評価したり健康診断の結果に基づいて一人ひとりに合った健康アドバイスや生活習慣改善の指導を行ったりします。
例えばみなさんが毎日元気に働くことができるように職場の環境を定期的にチェックしています。具体的には照明の明るさ室温や湿度、騒音、化学物質の有無などを確認し問題があれば会社に改善を提案します。
また、長時間労働や、仕事上のストレスが原因で体調を崩してしまう人もいるかもしれません。産業医は医師の立場か、会社側に労働時間の短縮や休暇の取得を促すなど働き方の改善を提案することもあります。
企業における産業医の重要性
企業にとって従業員の健康は会社全体の生産性や業績を左右するとても大切な要素です。従業員が健康でイキイキと働ける環境を作ることは企業にとっても大きなメリットとなります。
産業医は、従業員の健康状態を定期的に把握し健康上の問題があれば早期に発見し治療につなげることで企業の休職者や離職者を減らすことにも貢献しています。
近年、多くの企業が「健康経営」という考え方を重視するようになってきました。「健康経営」とは、従業員の健康を企業経営の重要な要素の一つとして捉え、戦略的に健康増進に取り組む経営手法のことです。産業医はメンタルヘルス対策や過重労働対策など従業員の健康を守るための専門的な知識や経験を活かして企業の健康経営をサポートします。
会社が行う健康診断の種類
会社が行う健康診断には、大きく分けて「雇入時健康診断」「定期健康診断」「特定業務従事者健康診断」の3種類があります。それぞれの健康診断について、詳しく見ていきましょう。
健康診断の種類 | 説明 | 対象者 |
---|---|---|
雇入時健康診断 | 新しく会社で働き始める人を対象に、現在の健康状態が仕事をする上で問題ないかどうかを確認するための健康診断です。 | 新しく会社で働き始める人 |
定期健康診断 | 会社で働くすべての人を対象に、年1回健康状態をチェックするための健康診断です。 | 会社で働くすべての人 |
特定業務従事者健康診断 | 夜勤や高温環境下での作業など、体に負担がかかりやすい仕事をしている人を対象に、健康状態を定期的にチェックするための健康診断です。 | 夜勤や高温環境下での作業など、体に負担がかかりやすい仕事をしている人 |
これらの健康診断の結果は、従業員一人ひとりの健康状態に合わせた健康アドバイスや生活習慣改善の指導、そして、必要に応じて行う就業上の意見を述べる際の参考資料として活用されます。
例えば定期健康診断で高血圧や糖尿病などの生活習慣病が発見されたとします。その場合、産業医はその従業員に対して食事や運動などの生活習慣を改善するための具体的なアドバイスを行います。また、必要に応じて医療機関への受診を勧めることもあります。
厚生労働科学研究費補助金による研究では、「生活習慣の改善や治療導入を促し、時間外労働等の改善を求める」ことを目的とした就業上の意見を述べる際の参考資料とするため、健康診断の結果をどのように活用するかについて調査が行われています。その結果、例えば、収縮期血圧(上の血圧)が180mmHg以上、拡張期血圧(下の血圧)が110mmHg以上、空腹時の血糖値が200mg/dL以上、など、具体的な数値が参考資料として提示されました。
このように、産業医は、健康診断の結果に基づいて、従業員一人ひとりの健康状態を把握し、健康上の問題を早期に発見することで、従業員が安心して働き続けられるよう、様々な面からサポートしています。
就業制限の基準と判断基準
就業制限の判断は、医師だけで決めるものではありません。あなた自身と、会社、そして産業医が一緒に考え、あなたの健康を守りながら仕事と両立できる方法を見つけていくことが大切です。
就業制限が必要な健康状態の指標
就業制限が必要かどうかは、その時のあなたの健康状態によって大きく変わってきます。例えば、風邪をひいて微熱がある程度であれば仕事内容を調整することで仕事を続けられるかもしれません。しかし、重い肺炎で入院が必要な場合は治療に専念するために休養が必要になります。
具体的な指標として、厚生労働省の研究班は、健康診断の結果をもとに、医師が就業制限を検討する目安となる数値を示しています。
これらの数値は、厚生労働科学研究費補助金による研究において、医師が就業制限を検討する目安として、多くの医師の意見が一致したものです。
ただし、これらの数値はあくまで目安であり、この数値を超えているからといって必ずしも就業制限が必要になるわけではありません。
例えば、空腹時血糖値が200mg/dLを超えていても、自覚症状がなく、デスクワーク中心で、ストレスの少ない仕事内容であれば、就業制限は不要と判断されることもあります。
逆に、数値が基準値以下であっても、強い自覚症状があり、仕事内容が肉体的にハードな場合は、就業制限が必要となることもあります。
重要なのは、数値だけでなく、あなたの自覚症状や仕事内容、職場環境などを総合的に判断することです。
産業医による就業制限の判断基準
産業医は、労働者の健康を守る専門家として、会社と労働者の間に入って、就業制限が必要かどうかを判断します。
判断する際には、
- 労働者の病気や怪我の状態:症状の程度、治療の必要性、日常生活への影響などを総合的に判断します。
- 仕事内容や作業環境:仕事内容の負荷や、職場環境における危険因子などを考慮します。
- 治療の状況:治療内容、期間、見通しなどを考慮します。
- 労働者の意向:労働者自身の就業に対する意欲や、休業に対する不安などを尊重します。
などを総合的に考慮します。
例えば、デスクワーク中心の仕事をしている人が軽い腰痛になった場合、無理のない範囲で業務を続けられるように、職場環境の調整や就業時間の短縮などを検討します。しかし、重労働に従事している人が腰椎椎間板ヘルニアを発症し、仕事が困難な場合は、治療に専念するために就業制限を勧めることがあります。
就業制限中の心身のケア
就業制限中は、心身のケアがとても大切です。仕事をしている時よりも時間に余裕ができるため治療に専念したりゆっくり休んだりすることができます。
焦らずに、まずは治療に専念し、心身を休ませることに集中しましょう。
また、就業制限中は経済的な不安や仕事から離れていることによる孤独感焦りを感じやすくなることがあります。そのような場合は、一人で抱え込まずに家族や友人、医療従事者、産業医などに相談してみましょう。相談することで不安や悩みを軽減し、前向きな気持ちを取り戻せることがあります。
就業制限の具体的な手続き
「ドクターストップ」(=就業制限)は、医師があなたの体の安全を守るために出す、大切な指示です。時には、「仕事を休むように」と指示が出ることもあります。
例えば、あなたが普段通りの生活を送っていたとしても体の中では自覚症状がないまま病気が進行していることもあります。
風邪のような軽い症状だと自己判断で済ませてしまいがちですが、実は重症化のリスクを抱えている場合もあるのです。
健康診断で異常値が出ていなくても、放置すると命に関わる病気もあります。
ドクターストップはあなたの健康状態や仕事内容を考慮した上で医師が「今の状態では、仕事をすることがあなたの健康を損なう可能性がある」と判断した場合に出されます。
ドクターストップが出された場合の流れ
ドクターストップが出された場合、以下の流れで手続きを進めることが一般的です。
- 医療機関の受診: まずは、自分の体調不良を感じたら、自己判断せずに医療機関を受診しましょう。
- 毎日決まった時間に同じ量の薬を飲み続けることで症状が安定し社会生活を送れるようになる病気もあります。自己判断で服薬を中断してしまうと症状が悪化し仕事や家事など普段通りの生活を送ることが困難になってしまう可能性もあります。
- 普段から健康診断をきちんと受けていても自分の体の変化に気づくことは大切です。例えば、健康診断で異常値が出ていなくてもいつもより疲れやすい動悸がする・息切れがするなどの症状がある場合は医療機関を受診しましょう。医師に仕事内容や職場環境を含め現在の状況を具体的に説明することが大切です。
- 医師の診断・指示: 医師は、診察や検査結果に基づいて診断を行い、就業制限の必要性を判断します。
- 医師は患者の話を丁寧に聞、体の状態を診察し必要があれば検査を行います。そしてその結果に基づいて患者にとって最適な治療法を決定します。
- この際、患者さんの意見や希望も考慮されますが最終的には医師の判断に従うことが重要です。
- 診断書等の受領: ドクターストップが必要と判断された場合医師から診断書などの書類が発行されます。会社に提出する書類ですので、大切に保管してください。
- 診断書には、病気名、就業制限の内容、期間などが記載されます。
- 会社への報告・提出: 受領した診断書は速やかに会社に提出しましょう。就業制限の内容や期間、職場復帰の時期などについて会社と相談する必要があります。
- 会社は、診断書の内容に基づいて、労働者の業務内容の変更、勤務時間の短縮、休職などの措置を検討します。
例えば、デスクワーク中心の仕事をしているBさんが、慢性の肩こりや頭痛を訴え、医療機関を受診したとします。診察の結果、頸椎椎間板ヘルニアと診断され、医師から2週間の安静と就業制限の指示を受けました。Bさんは、医師から診断書を受け取り、会社に提出しました。会社は、Bさんの体調を考慮し、2週間の休暇取得を承認しました。その後、Bさんは、医師の指示に従い、自宅で安静を保ちながら、ストレッチや軽い運動などのリハビリテーションを行い、2週間後に職場復帰しました。
産業医に相談する際のポイント
産業医は職場の労働環境や労働者の健康管理に関する専門家です。就業制限に関して会社と従業員の間に入ってスムーズなやり取りをサポートしてくれます。
産業医に相談する際は、以下のポイントを心掛けましょう。
- 具体的な症状や状況説明: 自分の体調や症状、仕事内容、職場環境など、医師に伝えた内容と同様に具体的に説明しましょう。
- 例えば、「最近、頭痛がひどくて…」と漠然と伝えるのではなく、「いつから」「どのくらいの頻度で」「どの程度の強さの」「どのような種類の」頭痛がするかを具体的に伝えるようにしましょう。
- 不安や疑問の解消: 就業制限の内容や期間、職場復帰について、不安に思っていることや疑問点を積極的に質問しましょう。
- 就業制限中は経済的な不安や仕事から離れていることによる孤独感焦りを感じやすくなることがあります。
- あなたの不安な気持ちや疑問を、産業医に率直に相談してみましょう。
- 就業制限中は経済的な不安や仕事から離れていることによる孤独感焦りを感じやすくなることがあります。
- 会社との連携: 産業医は、会社と労働者の橋渡し役として、職場復帰に向けた調整や職場環境の改善などにも関わってくれます。
職場への報告・手続き方法
ドクターストップが出たら速やかに会社に報告し必要な手続きを行いましょう。
- 報告先: まずは、直属の上司に報告しましょう。会社によって人事部や労務担当者に連絡するケースもあります。
- 提出書類: 医師に発行してもらった診断書などを提出します。
- 診断書は会社に提出することが義務付けられています。
- 休暇制度の利用: 会社によっては病気休暇や傷病休暇などの制度があります。
- 病気休暇や傷病休暇は労働者の権利として法律で定められています。
- 就業制限の内容の確認: 就業制限の内容(勤務時間、作業内容の制限など)について会社とよく相談し無理なく働ける環境を整えましょう。
ドクターストップは、必ずしも職場復帰を拒否するものではありません。医師や産業医、会社と連携を取りながら健康的に仕事に復帰できるよう、適切な対応を心がけましょう。
- 厚生労働科学研究費補助金の研究では、医師が就業制限を検討する目安となる数値が示されています。
- 例えば、高血圧の場合、収縮期血圧(上の血圧)が180mmHg以上、拡張期血圧(下の血圧)が110mmHg以上の場合、就業制限を検討する必要があるとされています。
- また、糖尿病の場合、空腹時血糖値が200mg/dL以上、HbA1cが10%以上の場合は、就業制限を検討する必要があるとされています。
- これらの数値は、あくまで目安です。就業制限が必要かどうかは、数値だけでなく、あなたの自覚症状や仕事内容、職場環境などを総合的に判断します。
就業制限に関する法的側面
「最近仕事に集中できない」「体がだるくていつものペースで仕事ができない」と感じていませんか?
私たちは責任感から多少の体調不良を押してしまいがちです。
しかし、自分の体と心を守れるのは自分だけです。
無理を続けると症状が悪化したり回復が遅れたりするだけでなく周囲に迷惑をかけてしまう可能性もあります。
そのような事態を防ぐために、法律は、労働者である私たちに、「健康を害するおそれのある作業を拒否する権利」と「就業制限の申し出をする権利」を保障しています。
就業制限に関する法律の概要
職場における安全と健康を守るためのルールとして労働安全衛生法があります。
この法律では会社は労働者が安全かつ健康に働けるように職場環境の整備や健康管理を行う義務があると定められています。
私たちは、この法律に基づいて安全で健康的な労働環境を求めることができます。
例えば、工場で騒音がひどい仕事を続けていたら難聴になってしまうかもしれません。
このような場合、会社は防音設備を設置する作業時間を短縮するなどの措置を講じる必要があります。
また、労働基準法では労働時間や休日に関するルールが定められています。
長時間労働や休日労働を強制されることによって心身に不調をきたした場合、会社に対して労働時間の短縮や休日の取得を求めることができます。
さらに、労働契約法は、労働契約の内容や締結、解約などに関するルールを定めた法律です。
就業制限に関連して、労働契約の内容を変更する必要が生じた場合この法律に基づいて会社と労働者は合意の上で労働契約の内容を変更することができます。
労働者の権利と義務について
私たちは、自分の健康を守るために、会社に就業制限を申し出る権利があります。
特に、医師から就業制限が必要と診断された場合は、会社はその指示に従う義務があります。
会社は、労働者の健康状態を考慮した上で、就業制限の内容を決定する必要があります。
例えば、医師から「1日6時間以内、立ち仕事は避ける」という指示が出た場合、会社は、労働者の業務内容を調整したり、就業時間を短縮したりするなどの措置を講じる必要があります。
ただし、就業制限を申し出る際には、自分の健康状態について、会社に正確に伝える義務があります。
会社は、労働者の健康状態を把握した上で、適切な対応をとる必要があるからです。
具体的には、医師の診断書の内容や、現在の体調、仕事への影響などを具体的に伝えるようにしましょう。
また、健康管理に努め、会社の指示に従う義務もあります。
健康診断の受診や、健康的な生活習慣を心がけることはもちろん、会社から、安全や健康に関する指示があった場合は、それに従う必要があります。
まとめ
産業医は会社で働く人の健康を守る専門家です。病気や怪我などで、仕事が困難な場合に産業医は労働者の健康状態、仕事内容、職場環境などを総合的に判断し就業制限の必要性を判断します。
就業制限が必要かどうかは具体的な数値だけでなく、自覚症状や仕事内容、職場環境などを総合的に判断する必要があります。
厚生労働省は、医師が就業制限を検討する目安となる数値を研究で示しています。
就業制限が必要と判断された場合は医師から診断書を受け取り会社に提出します。会社は、診断書の内容に基づいて労働者の業務内容の変更、勤務時間の短縮、休職などの措置を検討します。
就業制限中は心身のケアを大切にし焦らずに治療に専念しましょう。経済的な不安や孤独感、焦りを感じたら、家族や友人、医療従事者、産業医などに相談し前向きな気持ちを取り戻しましょう。
労働安全衛生法など、就業制限に関する法律では、労働者は健康を害するおそれのある作業を拒否する権利や就業制限を申し出る権利が保障されています。
産業医と相談しながら、安心して働き続けられるように、就業制限について一緒に考えていきましょう。