結論:意見書は「人事用(管理用)」と「職場共有用(配慮だけ)」の2枚に分けるのが、現場トラブルを最も減らせます。
本記事では産業医意見書を社内でどのように展開するとよいかという多く寄せられる疑問に関して解説を行っていきます。
産業医意見書は法的な書式はありませんので産業医によって記述形式や記載方法は様々です。
一方で、センシティブな個人情報が掲載される書類であるため、安易に会社・人事が握るべき内容を職場に共有すべきではありません。
さらに、公的にも「心身の状態情報は多くが要配慮個人情報で、取扱いを明確化し、必要な範囲に限定する」ことが求められています。いたずらに情報を職場に流出させることは許されません。参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/000343667.pdf
国際的にも、雇用者へ伝えるのは 就業適性(fitness)や必要な制限 に限る、という考え方が広まってきています。参考:https://www.icohweb.org/site/multimedia/code_of_ethics/code-of-ethics-en.pdf

オススメの「2枚運用」とは?

弊社でオススメをしている産業医意見書の運用方法は、意見書を、情報の出し先(誰が使うか)で分ける運用です。具体的には下記のような分類・作成をお勧めしています。
- 人事用(管理用):人事・衛生担当が、就業上の措置を「決めて」「回して」「見直す」ための情報
- 職場共有用(配慮だけ):職場(上長・現場)が「実行する内容だけ」を書いたもの(理由・背景・医療情報は書かない)
この分離は、厚労省が示す「必要な範囲内で収集し、目的の範囲内で保管・使用する」という枠組みとも相性がいいです。面談で話した内容が職場に筒抜けの状態は従業員にとって信頼感を著しく損ない、トラブルの温床になるので注意が必要です。
なぜ「2枚運用」が実務上合理的で安全なのか?

情報の「目的」と「宛先」を分離し、トラブルを未然に防ぐ
医療情報は、本来「適切な配慮」を検討するための材料に過ぎません。しかし、現場では情報の目的外利用によるトラブルが頻発しています。
- 現場の混乱: 上長が意見書を机に置きっぱなしにしたり、無造作に共有フォルダへ保存したりすることで、意図せず情報が流出します。
- プライバシーの侵害: 「なんの病気?」「薬は?」といった過度な詮索が始まり、本来必要な「配慮」の話が、いつの間にか「診断名・私生活・家庭事情」の噂話へとすり替わってしまいます。
信頼関係の崩壊は、安全配慮義務の遂行を妨げる
情報の取り扱いが不透明だと、本人は会社に対して強い不信感を抱きます。その結果、産業医面談を拒否したり、治療状況の報告を止めたりといった事態を招き、会社側は安全配慮義務を果たすための正しい判断ができなくなります。
産業医意見書情報情報トラブルの例
- 上長が意見書を机に置きっぱなし/共有フォルダに保存
- 「なんの病気?」「薬は?」と詮索が始まる
- 配慮の話が、診断名・私生活・家庭事情の噂にすり替わる
- 結果、本人が不信感を持ち、産業医面談や治療継続が止まる
1枚目:人事用(管理用)意見書に書くこと
目的:就業上の措置を決めて運用するための“判断材料”を、人事(限定メンバー)に集約する。
人事用に入れる項目(テンプレ)
- 就業区分(通常勤務/就業制限/休業/復職条件 など)
- 具体的配慮(残業上限、夜勤、出張、運転、危険作業、配置の方向性)
- 期間・見直し日(いつまで/いつ再評価するか)
- フォロー計画(再面談時期、受診継続の要否、産業医フォロー頻度)
- 共有範囲の指定(例:職場には「配慮事項のみ」共有)
- 例外時の連絡ルート(緊急時の対応、本人同意の取り方 など)
人事用でも「必要最小限」にするコツ
- 病名・検査値の羅列は“必要な場合だけ”(運用に不要なら書かない)
- 「理由」を書くなら、医学情報ではなく運用に必要な粒度に加工する
例:×「うつ病で希死念慮」→ ○「当面は長時間労働を避け、負荷の高い業務調整が必要」
2枚目:職場共有用(就業制限だけ)意見書に書くこと
目的:職場が“やること”だけ分かればいい。詮索の余地を消す。
職場共有用に入れる項目(テンプレ)
- 実行してほしい配慮“だけ”(残業・夜勤・出張・運転・危険作業・配置など)
- 期間・見直し日
- 運用窓口(配慮の調整は人事へ/本人へ直接聞きすぎない など)
職場共有用に「書かない」もの(ここが最重要)
- 理由・背景(家庭事情、私生活、治療内容)
- 医療情報(病名、検査値、薬、症状の詳細)
- 経緯(休職歴、診断書の内容、面談で話した個別情報)
国際的にも「管理職へ伝えるのは就業適性・必要な制限に限る」という原則が明記されています。
だから、職場共有版は “制限と配慮だけ” が最も安全です。
病気そのものに関する情報を上司や職場が知ったとしても、上司は治療者ではないため「就業に影響を与えない」という判断が主流になっています。「共有された配慮事項をいかに運用するか?」という点に留意することがポイントです。
2枚運用のメリット
ここでは人事向け意見書と職場向け意見書を分けることによるメリットを解説します。メリットを把握した上で実際の運用に役立てていきましょう。
職場(現場):「やること」への集中
職場には「状態」ではなく「行動指針」だけを伝える。
- 病名や症状などの機微情報を伏せ、職場が守るべき「就業制限」と「配慮事項」のみを明確にします。
- 効果: 上司や同僚による余計な詮索や、誤解に基づいた噂(バイアス)を物理的に遮断し、純粋に業務上のサポートに集中できる環境を作ります。
人事:公平な「判断基準」の確立
主観を排除し、記録に基づいた一貫性のある対応を。
- 医学的見地(診断書)と運用の指示書を分けることで、「なぜその措置をとったのか」の根拠を明確に保持できます。
- 効果: 担当者が変わっても対応がブレず、定期的な見直し(モニタリング)の際も「当初の指示に対してどう変化したか」を客観的に評価できます。
産業医:中立的な「線引き」の明示
「できること」と「できないこと」の専門的な仕分け。
- 本人には「医学的な必要性」を、会社には「労務上の制限」を、それぞれ整理して伝えやすくなります。
- 効果: 産業医が専門的なクッションとなることで、本人の「もっと働きたい(無理)」と会社の「もっと働かせたい(過重)」の板挟みを防ぎ、双方の納得感を高めます。
リスク管理:紛争時における「防衛線」
「誰が、いつ、何を知り、どう動いたか」の可視化。
- 診断書の受領記録と、それに基づき発行した「配慮指示」を分けて管理することで、会社が安全配慮義務を尽くした証跡(ログ)となります。
- 効果: 万が一のトラブル時も、「適切な情報を、適切な範囲で共有し、必要な措置を講じた」というプロセスを時系列で証明できるため、法的防御力が飛躍的に高まります。
職場用意見書を作成・活用する「運用フロー」

- 産業医 → 人事へ(人事用)提出
- 人事が措置決定・関係者を限定(取扱者を明確化)
- 人事 → 職場へ(職場共有用)だけ配布
- 見直し日で再評価(延長・緩和・解除を必ず判断)
- 版管理・送付ログを残す(いつ誰にどの版を渡したか)
コピペで使えるテンプレ
人事用(管理用)テンプレ(例)
- 就業区分:
- 推奨する就業上の措置:
- 期間:〜/見直し日:
- 配慮のポイント(運用上の留意):
- フォロー計画(再面談・受診等):
- 職場への共有範囲:配慮事項のみ(理由・医療情報は共有しない)
- 連絡窓口:人事(担当: )
職場共有用(配慮だけ)テンプレ(例)
- 就業上の配慮(実行事項):
- 期間:〜/見直し日:
- 運用窓口:配慮調整は人事へ(本人へ詳細確認は行わない)
よくある質問
Q. 職場(上長)に理由を説明しないと、配慮してくれません…
A. 理由ではなく、「具体的に何をどう変えるか」を明文化すると回ります。
上長は医療判断者ではないので、必要なのは“配慮の内容”です。
Q. 人事用には病名を書いた方がいい?
A. 原則は運用に必要な範囲だけ。健康情報は機微性が高く、取扱いの明確化が求められます。
「措置の判断に本当に必要なときだけ、加工した表現で」がおすすめです。
まとめ:2枚運用は揉めないための仕組み
現場が求めているのは「病名」ではなく、「今日、どう接すればいいか」という具体的な指示です。「無理をさせない」ための共通言語を作ることで、現場の心理的なハードルを下げ、不必要な憶測によるギスギスした空気を防ぎます。
一方で、 人事にとっての産業医意見書は会社としての安全配慮義務を果たすための「証拠」です。万が一、体調が悪化したり紛争に発展したりした際に、「会社は医学的根拠に基づいて正しく判断した」と言えるための守りのツールとなります。
- 職場共有版=配慮だけ
- 人事版=判断材料(ただし必要最小限)
これだけで、情報事故・詮索・不信感・紛争リスクが一段下がります。参考にしてみて下さい。


