産業医意見書(就業上の措置に係る意見書)は、「医師が医学的な内容を書いた紙」ではなく、会社が安全に働かせるための“運用の指示書”です。
ところが現場では、こんな状態になりがちです。
- テンプレがなく、毎回ゼロから作っている
- 「病名は書く?書かない?」で社内がざわつく
- Wordがメール添付で飛び交い、どれが最新版かわからない
- 職場に余計な情報が伝わってトラブルになりそう
- 記録(履歴)が残らず、監査・労基署・紛争時に説明できない
- 生成AIで下書きしたいが、個人情報が怖い
この記事は、産業医意見書の作成はテンプレを出すだけで終わりません。
テンプレで産業医意見書を“作れる”ようにしつつ、共有の線引き・記録(履歴)・AI下書きの安全策まで含めて、中小企業でも現実に回る最新運用を1本の記事で解説していきます。
絶対に抑えるべきトラブル回避ポイント
- 意見書は「人事用(管理用)」と「職場共有用(配慮だけ)」の2枚運用にすると事故が激減する
- 文章の上手さより、“会社が実行できる具体性”+“期限・見直し日”が重要
- 最低限、版(ver)・送付先・送付日・措置期限・見直し日をセットで残す
- AIは便利だが、個人情報を含む入力は慎重に。個人情報保護委員会は、本人同意なしに個人データを入力し、出力以外の目的で取り扱われる場合は法令違反となる可能性がある点、また機械学習に利用しないか等の確認が必要な点などを注意喚起している
この記事の対象
- 中小企業の人事・総務・安全衛生担当
- 嘱託産業医・保健師
- 外部支援者(社労士・労務コンサル等)
産業医意見書とは何を書くもの?

意見書は、医師が医学的見解を長々と書く文書ではありません。
企業が必要としているのは、「仕事をどう調整すれば安全か」という“実行可能な指示”です。
したがって、意見書には以下の様な内容が記載されます。
- 就業判定(通常就業/就業制限/休業が望ましい 等)
- 就業上の措置(残業制限、夜勤免除、時短、危険作業回避、配置転換 など)
- 期間と見直し(いつまで、いつ再評価するか)

対象となる過重労働面談や高ストレス者面談は下記のリンクの様な内容を参照すると失敗をしにくくなります。(一方で、入力項目数が多いため、必ずしも現場で運用されているとは限りません。)
意見書は「2枚運用」が実務上合理的

中小企業の現場でトラブルになりやすい原因の多くは、「職場に渡す情報が多すぎる」ことです。
職場の上司は配慮を実行する人ですが、健康情報を管理する人ではありません。
そこで意見書を作成・運用する際は情報展開の内容を区別して運用することが重要です。
人事用(管理用)
- 人事・衛生担当が、就業上の措置を決めて回すための情報
- 就業制限が検討された理由などが記載されることもある
- ただし「必要最小限」。病名や検査値の羅列は不要なことが多い
職場共有用(就業制限だけ)
- 職場が実行する内容だけ
- 理由・背景・医療情報は書かない(人事で止めることが望ましい)
この2枚運用にすると、現場では以下の様なメリットが得られます。
- 職場は「やること」が明確になり、余計な詮索が減る
- 人事は「判断材料」を持てる
- 産業医は「情報の線引き」を明確にでき、説明もしやすい
- 万一の紛争でも「何を誰に伝えたか」が整理しやすい
テンプレを使う前に社内での運用ルールを決める

テンプレを使ったからと言って産業医意見書の運用がうまくいくわけではありません。テンプレは万能では無いことはきちんと頭に入れておきましょう。
最も危険なことは情報に関わる事故です。情報事故を防ぐ鍵は運用設計です。あらかじめ意見書の運用ルールを定めておくことがトラブル回避のコツです。
① 誰に渡すか(人事/職場)
→ 2枚運用を標準に。
「同じ文書をそのまま職場に回す」は、リスクが高い。
② どこまで共有するか(必要最小限)
→ 職場が必要なのは「配慮」と「期限」。
病名・検査値・家庭事情は、職場に不要なことが多い。従業員にとって不利に働くうえ、要配慮個人情報として扱われることが多いため、情報の取り扱いには十分な配慮が必要。
③ どこに残すか(記録=履歴)
→ 意見書は後で必ず見返されます。
最低限、版(ver)・送付先・送付日・措置期限・見直し日を残すルールを先に決める。
【テンプレ】人事用(管理用)意見書
ここからはそのまま使えるように、中小企業の運用に必要十分な形で書きます。
(※会社が実行できるように、“具体性”と“期限・見直し”が命です)
(文書名)就業上の措置に係る意見書(人事管理用)
宛先:人事(安全衛生)ご担当者 様
作成日:20XX年XX月XX日
作成者:産業医(氏名)
1.対象者(最小限)
・社員番号:
・氏名:
・所属部署:
2.面談等の実施情報
・面談日:
・区分:〔健診後措置/長時間労働 面接指導/高ストレス者 面接指導/休復職判定/その他〕
・参考情報:〔本人申告/健診結果/勤務状況/主治医意見書(有・無)〕
3.就業判定(該当するものにチェック)
□通常就業可
□就業制限が望ましい
□休業が望ましい
□その他( )
4.就業上の措置(会社が実行できる形で具体的に)
(例)
・残業:月◯時間まで/当面禁止
・夜勤:当面免除(〜20XX/XX/XXまで)
・勤務時間:◯時間勤務(開始◯:◯、終了◯:◯)
・業務内容:運転・危険作業・高負荷業務の回避
・休憩:午前・午後に各◯分の追加休憩を確保
・通院配慮:週◯回(◯曜日◯時~)の勤務調整
・その他:
5.期間・見直し
・措置期間:20XX/XX/XX ~ 20XX/XX/XX
・見直し(再評価)予定日:20XX/XX/XX
・見直し条件:〔症状安定/通院状況/勤務状況〕等を踏まえ判断
6.共有範囲(運用メモ)
・職場共有は「配慮事項のみ」に限定することが望ましい
・健康情報の詳細は人事にて管理
以上
人事用テンプレで抑えておきたいポイント
- 「残業を控える」では弱い → 月◯時間まで/当面禁止のように運用できる形に
- 「業務軽減」では伝わらない → 回避する業務の種類で書く(運転、危険作業、深夜対応 など)
- 期限がない配慮は揉める → 措置期間+見直し日を必ずセットで
【テンプレ】職場共有用意見書(配慮のみ記載バージョン)
職場用は、とにかく“職場がやることだけ”を記述しましょう。理由は書かないことが安全運用のコツです。
(文書名)就業上の配慮事項(職場共有用)
宛先:所属長 様(必要範囲)
作成日:20XX年XX月XX日
作成者:産業医(氏名)
※健康情報の詳細は人事にて管理
1.対象者
・氏名(または社員番号):
・所属部署:
2.配慮事項(職場で実行する内容のみ)
・残業:〔当面なし/月◯時間まで〕
・夜勤:〔当面免除〕
・業務:〔運転・危険作業の回避/高負荷業務の回避〕
・勤務:〔時短(◯:◯~◯:◯)/休憩確保〕
・その他:〔 〕
3.期間・見直し
・期間:20XX/XX/XX ~ 20XX/XX/XX
・見直し日:20XX/XX/XX
・運用窓口:人事(安全衛生)担当
以上
産業医面談の原因による書き分けポイント
健康診断後(要所見/要再検/要精検)
健康診断の結果によっては事故や突然死リスクがあるため就業制限が課される場合があります。健診後措置で重要なのは、医学的説明よりも業務リスクの調整です。
- 高所作業、運転、夜勤、単独作業などのリスクがあるか
- 「当面の制限」と「見直し日」をセットにして、永続化を防ぐ
例:運転業務がある場合
- 配慮:当面◯週間、長距離運転・深夜運転を回避
- 代替:同乗、短距離のみ、内勤中心
- 見直し:次回受診結果または再面談日
長時間労働(過重労働)の面接指導
この領域は、厚労省が「医師による面接指導」に関する資料をまとめ、事前問診票、疲労蓄積度チェック、記録用紙、報告書などのWord様式を公開しています。厚生労働省のテンプレートはコチラを参照ください。
「どの項目を書けばいいか迷う」なら、まずはこの公的様式の項目立てに寄せるのが最短です。
長時間労働の意見書で効くのは、だいたい次の3点です。
- 残業の上限(数値化)
- 休息・休日(勤務間インターバルに近い考え方でもよい)
- 高リスク業務の回避(深夜対応、単独対応、危険作業など)
高ストレス者の面接指導
高ストレス者の面接指導は、情報の扱いが特に繊細です。ストレスチェック関係は特に個人情報の取扱いが厳密です。
職場共有用には、症状や背景を書かず、配慮だけに変換して書く必要があります。こちらも長時間残業面談と同様にテンプレートが配布されています。厚生労働省のテンプレートはコチラを参照ください。
- 配慮:残業制限、対人負荷の高い業務の調整、休憩確保
- 運用:人事が本人と合意形成し、職場へは必要最小限
休復職面談
休復職の意見書でありがちな失敗は「復職可」だけで面談が終了してしまうことです。
復職はYES/NOではなく、復職前後の条件設計がすべてです。後で、言った・言わないが発生しないようにしっかりと記録を残しましょう。
- 勤務時間:最初の◯週間は時短、その後段階的に延ばす
- 業務内容:高負荷・深夜・出張・危険作業の可否
- 見直し:必ず日付を置く(固定配慮は破綻しやすい)
就業制限(配置転換・時短・夜勤免除等)
本記事では就業制限に関するよく使用されるフレーズを「例文パーツ」として列挙しました。参考にしていただければ幸いです。
就業制限例文パーツ集
就業制限に関しては意見書のテンプレを用意しても、実際に手が止まることが多いです。よく使う文言を「運用できる文章」にしておきます。状況に合わせてご活用ください。
残業制限
- 弱い:「残業を控えること」
- 強い:「当面◯か月、残業は月◯時間まで(緊急対応は除く場合は条件を明記)。見直しは◯月◯日」
夜勤・深夜対応
- 「当面◯か月、夜勤・深夜対応は免除。見直しは◯月◯日」
- 危険作業・運転
- 「当面、運転(長距離/深夜)および危険作業は回避。代替業務を検討」
時短勤務
- 「当面、勤務時間は◯:◯〜◯:◯(休憩◯分を含む)。延長は再面談で判断」
休憩確保
- 「午前・午後に各◯分の追加休憩を確保。連続作業は◯分以内を目安」
通院配慮
- 「週◯回の通院のため、◯曜日◯時〜◯時の勤務調整に配慮」
「書かないこと」リストと安全な言い換え
産業医意見書を共有する際に情報を誰に・どこまで共有するかを考えないとトラブルの温床になります。後で「しまった」と思っても情報を知られていない状況に戻すことはできません。
職場共有用に基本的に書かないもの
- 病名(例:うつ病、適応障害、高血圧 等)
- 検査値(血圧、HbA1c、心電図所見の詳細 等)
- 通院先、治療内容、服薬内容の詳細
- 家庭事情(育児、介護、夫婦関係 等)
- 本人の発言の詳細(面談の詳しい内容)
安全な言い換えの例
- ✗「精神的不調のため」 → ○「心身の負担軽減のため」
- ✗「抑うつ症状が強い」 → ○「疲労・集中力低下がみられるため」
- ✗「治療中」 → ○「体調安定を優先するため」
- ✗「不眠がある」 → ○「休息確保が望ましいため」
本人同意(説明)の文例
起業によっては面談を行う際に同意書を作成する場合もあります。ここでは面談を行う際に参考になるセンテンスを紹介します。
会社が配慮を実行するために必要な範囲で、就業上の配慮事項を職場に共有します。健康情報の詳細は共有しません。共有内容は事前に確認できます。
履歴管理の重要性:版管理・送付ログ・保存期間
テンプレを使ってただ“作る”だけではトラブルを回避できません。意見書の更新が行われるケースもあるため、最新版だと思って職場が使用していた意見書が実は、古いものだったということもあります。
運用が崩れる原因の多くは「どれが最新版かわからない」「誰に何を出したかわからない」です。
最低限残すべき“記録セット”
- 面談日
- 文書種別:人事用/職場共有用
- 版(ver):v1 / v2 など
- 送付先:人事(氏名)/職場(所属長)
- 送付日
- 措置期限
- 見直し日
- 判断理由メモ(短くてOK)
送付ログ
- 20XX/03/01 Aさん 人事用 v2 人事:佐藤 送付済 措置期限:5/31 見直し:5/15
- 20XX/03/01 Aさん 職場用 v1 職場:課長 送付済 措置期限:5/31 見直し:5/15
この“1行ログ”があるだけで、あとから地獄を見なくなります。EXCELやノートで記録するだけでも問題ありません。
保存期間の考え方
意見書そのものの扱いはケースで整理が必要ですが、実務では「健診・面談・就業措置」が一連で説明責任を求められやすいので、後から説明できる形で一体管理するのが安全です。
「メール添付運用」が危ない理由
- 誤送信が起きる
- 添付の版が混ざる(古い意見書が復活する)
- 職場に送るべきでない情報が混ざりやすい
だからこそ、人事が職場送付を担う・人事用と職場用を分ける・宛先を固定する、この3点が効きます。
産業医意見書×AI:安全な下書き手順とプロンプト例
AIは文章の整形が得意です。
一方で、入力(プロンプト)に個人情報を入れると事故リスクが跳ね上がります。
個人情報保護委員会は、生成AIサービス利用に関して、個人情報を含むプロンプト入力が利用目的に必要な範囲か確認すること、本人同意なく個人データを入力し、それが応答出力以外の目的で取り扱われる場合に法令違反となる可能性があること、また提供事業者が個人データを機械学習に利用しないか等を十分に確認することなどを注意喚起しています。
さらに一般利用者向けの留意点として、入力した個人情報が機械学習に利用される可能性、応答に不正確な内容が含まれる可能性、利用規約・プライバシーポリシーの確認が重要である点も示されています。
中小企業で現実的な“安全ワークフロー”
結論:AIにやらせるのは「配慮の文章化」まで。個人特定情報は入れない。
- まず人間が「就業上の措置案」を箇条書きで作る(匿名化)
- AIに「職場共有用の文章に整える」だけ依頼
- 産業医が最終チェック(曖昧表現、期限、見直し日、過剰共有がないか)
匿名化ルール
- 氏名、社員番号、部署、役職、勤務先固有の情報は入れない
- 病名、検査値、治療内容、家族事情は入れない
- どうしても必要なら、「Aさん」「製造ライン」など抽象化する
プロンプト例
職場共有用に整える
あなたは産業保健の文書作成アシスタントです。
以下の就業上の措置案を、職場共有用に「配慮事項だけ」が伝わる短い文章に整えてください。
病名・検査値・治療内容・個人が特定できる情報には触れないでください。
必ず「期限」と「見直し日」を入れてください。
【措置案】
・残業:当面なし
・夜勤:3か月免除
・業務:運転・危険作業は回避
・見直し日:20XX/XX/XX
人事用に“運用できる文章”へ整える
あなたは産業医意見書の下書き担当です。
以下の箇条書きを、人事管理用の意見書として「会社が実行できる具体性」に整えてください。
曖昧な表現(配慮する/注意する)は避け、数値や条件・期限・見直し日を明確にしてください。
個人が特定できる情報・病名・検査値は含めないでください。
【箇条書き】
・残業は抑える
・夜勤は避けたい
・負担の大きい仕事は減らしたい
・見直しは1か月後
産業意見書のよくある失敗
失敗①:曖昧すぎて運用できない
- ✗「残業を控えることが望ましい」
- ○「当面2か月、残業は月20時間まで。見直しは◯月◯日」
失敗②:職場共有用に理由を書いてしまう
- ✗「不眠と抑うつがあるため夜勤を避ける」
- ○「当面◯か月、夜勤は免除。見直しは◯月◯日」
失敗③:期限がない(永遠に配慮が続く)
- ✗「時短勤務とする」
- ○「当面4週間、◯:◯〜◯:◯の時短。見直しは◯月◯日」
失敗④:送付ログがなく、後で説明不能
- ✗「メールで送ったはず」
- ○「送付ログ1行(誰に、いつ、どの版を、期限と見直し)」を残す
FAQ
Q1. 病名は書くべき?
職場共有用は原則「配慮に変換」。人事用でも必要最小限が基本です。
Q2. 職場にはどこまで伝える?
職場が行動を変えられる情報(配慮と期限)だけ。背景説明は人事で止めるのが安全です。
Q3. 意見書の“記録”って何を残す?
最低限、版(ver)・送付先・送付日・措置期限・見直し日。これがないと運用が崩れます。
Q4. 保存期間は?
一般健診では健康診断個人票を5年保存する必要があります。
意見書も含め、一連の説明責任に耐える形で管理しておくのが実務的に安全です。
Q5. AIで下書きしていい?
文章整形は有用ですが、個人情報入力は慎重に。個人情報保護委員会の注意喚起(本人同意、利用目的、機械学習利用の確認、規約確認等)を踏まえ、匿名化して使うのが現実的です。
まとめ:テンプレ→運用→仕組み化
本記事では中小企業で注意が必要な産業医意見書の運用のノウハウに関して解説を行いました。下記の4つのポイントは必ず押さえていただき、トラブルを回避できる上手な運用を目指していただければ幸いです。
- 2枚運用(人事用/職場共有用)で情報事故を減らす
- 具体性+期限+見直し日でやりっぱなしの意見書にしない
- 記録(版・送付ログ)を残して、後から説明できる状態にする
- AIを使うならば匿名化して“文章整形”に使い、注意喚起に沿って安全運用する

