「面談記録を書くのに時間がかかりすぎる」 「意見書を出しても、現場の上司に配慮の意図が伝わらない」 「誰にどこまで健康情報を共有していいか分からず、常に情報漏洩のリスクを感じている」
産業医や人事・労務担当者の皆様、記録・帳票の運用でこのような課題を抱えていませんか?産業医の記録業務において、本当に難しいのは「作る」ことではなく、関係者間で安全かつ正確に運用することです。
そこで現在、急速に導入が進んでいるのが「産業医×AI」による記録業務の仕組み化です。 AIは医師の代わりに診断を下すことはできませんが、乱雑な面談メモの整形、要約、そして帳票(意見書・報告書)への落とし込みにおいては圧倒的な力を発揮します。
成功の鍵は、①運用ルール ②情報の線引き ③証跡(監査ログ)の3つです。
本記事では、産業医・人事・職場がスムーズに連携し、かつ事故を防ぐための「AIを活用した記録業務の標準フロー」から、専門用語(オプトアウトや監査ログなど)の基礎知識、そして「すぐ使える運用テンプレート」までを完全解説します。
この記事を読めば、属人的な記録業務から抜け出し、法的リスクを抑えながら業務効率を劇的に上げる「運用の考え方」が手に入ります。
産業医の「面談記録業務」での問題点

記録が「長いのに役に立たない」問題
面談記録を詳細に書くほど、現場(人事や上司)からは「結局、何をすればいいのか分からない」と言われがちです。 ポエムのような長文記録では、就業制限の内容や、誰が・いつまでに・何をするのか(担当・期限・見直し日)という「決定事項」が埋もれてしまい、実務が前に進みません。
トラブルの原因は「情報の出しすぎ」
職場の上司は「配慮を実行する人」であり、従業員の「健康情報の管理者」ではありません。 人事や衛生担当者には必要な病歴や経緯も、現場の上司にそのまま伝えてしまうと、プライバシー侵害のトラブルに直面します。「誰に・どこまで情報を出すか」の切り分けができていないことが、記録業務を重くする最大の原因です。
監査・説明責任が増えている
休職や復職の判定、長時間労働の面接指導に伴う措置決定は、「なぜその判断に至ったのか」を後から客観的に説明できる状態にしておく必要があります。記録が残っていないと、労使トラブルが起きた際に企業側の安全配慮義務違反を問われかねません。
AIで効率化できる領域/できない領域

AIが得意:文字起こし・要約・構造化
AIの真骨頂は「散らかった情報の整理」です。 面談中の箇条書きメモから、必要な文脈を補って要約することや、決定事項(制限内容、期間、見直し日)だけを抽出して意見書や報告書の下書きを作成する作業は、AIに任せるのが最も効率的です。
AIが不得意:医学判断・就業判定の最終決定
💡 基礎知識:就業判定・就業措置とは?
- 就業判定(産業医の役割): 従業員の健康状態を踏まえ、「通常勤務」「就業制限」「要休業」のどれに該当するかを医師の立場で意見すること。
- 就業措置(企業の役割): 産業医の意見をもとに、企業(人事や部門長)が最終的に決定する業務上の配慮や決定のこと。
AIはあくまで「文章整形ツール」です。医学的な判断や、最終的な就業区分の決定をAIに委ねてはいけません。AIが作成した下書きをベースに、「最終確認は必ず医師が行う」という原則を徹底してください。
やってはいけないAIの使い方

一方で、個人情報の保護上絶対にやってはいけないAIの使い方も存在しています。自殺を含む生命への影響や訴訟トラブルになりかねないため十分な倫理観を持ってAIの使用を判断しましょう。
- 対象者の同意を得ない無断録音・AI文字起こし
- 病名や機微なプライバシー情報を含んだまま、AIで要約して職場へ一斉送信
- AIが生成した文章を、医師が確認(レビュー)せずにそのまま提出
AI活用の前提条件(同意・保存・学習利用・責任分界)
同意が必要なケース/不要なケース
面談時の音声をAIで文字起こしする場合、原則として事前の同意取得が必要です。
口頭での確認だけでなく、面談の予約時や開始時に「記録作成の補助目的でAIツールを使用するが、データは外部学習に利用されない」旨を伝え、記録に残す運用が安全です。
ベンダー送信と学習利用の制御(オプトアウト)
💡 基礎知識:オプトアウト(AIの学習利用拒否)とは? ChatGPTなどのAIに入力したデータは、デフォルトではAI自体の賢さを上げるための「学習データ」として二次利用される可能性があります。入力データを学習に使わせない設定にすることを「オプトアウト」と呼びます。
機微情報を扱う産業保健において、入力データが外部に漏れることは致命的です。
データの扱い:保存しない設計が最強
情報漏洩リスクを最小化するには「不要なデータは持たない」ことです。音声データや生メモは、最終的な「記録テキスト」が完成した段階で破棄する運用が理想です。
記録業務の標準フロー

①面談:メモを“決定事項中心”に
する
面談時のメモは、美しい文章である必要はありません。目的・背景・所見に加え、「就業上の判断」「具体的な配慮内容」「期限と見直し日」という決定事項の箇条書きに徹します。
②要約:長文を「実践で使用できる文章」に落とし込む
AIを使って、箇条書きメモから「実行者が迷わない文章」へ要約します。主語を明確にし、期限を切り、曖昧な表現(「なるべく配慮する」など)を避けるようAIにプロンプト(指示)を出します。
③帳票化:意見書・報告書に落とす
要約したテキストを、そのまま各帳票(面接指導結果報告書、意見書など)のフォーマットへ流し込みます。ここまでの転記作業を自動化することで、転記ミスと工数を大幅に削減できます。

④送付:誰から誰へ、どの版を送るか固定する
作成した帳票は、人事宛と職場宛で明確に分けます。宛先を固定し、権限を持った担当者(人事など)のみが職場へ展開できるフローを組むことで、誤送信を物理的に防ぎます。
⑤保存:あとで説明できる状態にする
作成日、改訂履歴、誰が閲覧・ダウンロードしたかという「監査ログ」とともに保管します。
帳票別の最適解(面談・意見書・訪問・衛生委員会)
意見書は「2枚運用」が合理的(人事用/職場共有用)
情報過多による事故を防ぐため、意見書は最初から2種類作成します。
- 人事用: 措置決定に必要な背景や医学的根拠を含むフルバージョン。
- 職場共有用: 病名や経緯をマスキング(黒塗り・非表示)し、「業務上の配慮事項(残業不可、出張禁止など)」のみを記載したアクション版。

訪問報告書・巡視記録:指摘→是正→フォロー
職場巡視の記録は「指摘して終わり」になりがちです。指摘事項・法的根拠・対応期限・次回確認日をセットで記載し、PDCAが回るフォーマットにAIで成形します。
情報共有と権限設計(事故を防ぐ線引き)
「誰に何を出すか」をルール化する
- 産業医のみ閲覧可能: 生の面談メモ、詳細な医学的所見
- 人事まで共有可能: 診断書、人事用意見書、休復職の経緯
- 職場(上司)へ共有可能: 職場共有用意見書(配慮事項のみ)
迷った時は「その配慮を実行するために本当に必要な情報か?」を基準に判断します。
監査ログの作り方(説明責任を“自動化”する)
監査ログで残すべき最低限の記録
トラブル時に身を守るため、以下のログは自動で残る仕組みが必要です。
- 作成・改訂: 誰が、いつ、どの文書を作成・修正したか
- 閲覧・ダウンロード: 誰が、いつ、その文書を確認したか
- 送付・共有: 誰から誰へ、いつ情報が渡ったか
版管理(ドキュメントの“正本”を決める)
面談後に状況が変わり、意見書を書き直すことは多々あります。「意見書_最新.pdf」「意見書_最新の最新.pdf」といった属人的なファイル管理は避け、システム上で「どれが現在の正本か」が常にわかる状態を作ることが、誤った古い情報で人事が動いてしまう事故を防ぎます。
想定トラブル別:ログが守ってくれる場面
- 「そんな配慮が必要だとは聞いていない」→ 閲覧ログで確認済を証明。
- 「情報が漏れた」→ ダウンロード・送信履歴から経路を特定。
AI×産業医のよくある質問
Q. AIの利用は法的に問題ありませんか?
A. 対象者への事前説明(同意取得)、外部学習されない環境(セキュリティ)、そして「最終確認は医師が行う」という原則を守れば、適法かつ安全に運用可能です。
Q. 職場に出していい情報とダメな情報の基準は?
A. 「就業上の配慮を行うために不可欠か」が基準です。具体的な病名やプライベートな経緯は原則として職場には伏せ、具体的な制限内容(例:重量物の運搬禁止、残業月10時間以内)のみを伝えます。
Q. 小規模企業でもこの運用は必要ですか?
A. 人数が少なくても「誰がいつ何を決めたか」の記録が残っていないと、休職トラブル等で訴訟リスクを抱えることになります。「標準フロー」と「監査ログ」の仕組みは、企業規模を問わず必須のOSと言えます。
まとめ:AIは“記録の生産性”と“事故防止”を同時に上げる
産業医の記録業務にAIを導入する最大の目的は、単なる時短ではなく「適切な情報が、適切な人に、間違いなく伝わる仕組み」を作ることです。
まずは「標準フローの徹底」と「意見書の2枚運用」から始め、並行して「監査ログ」が残るシステム(健康管理システム)への移行を検討してみてください。テンプレートで型を作り、システムで仕組み化することで、記録業務のストレスとリスクは劇的に軽減されます。

