長時間労働が続くと、脳・心臓疾患やメンタル不調などの健康障害リスクが高まります。そこで重要になるのが、「医師による長時間労働面接指導」です。
ただ現場では、こんな声が多いです。
- 対象者の基準があいまいで、誰を呼べばいいか迷う
- 面接指導が“雑談”になってしまい、就業上の判断につながらない
- 記録の書き方がバラバラで、監査や説明責任に耐えない
- 職場共有の範囲を間違えて、情報事故が怖い
- 実施しても、結局 事後措置が動かない
この記事では、厚労省のマニュアル(様式・チェックリスト含む)を参考にしつつ、準備→面談→記録→報告→事後措置→フォローまでを、実務で回る形に落として解説します。
長時間労働の面接指導とは

長時間労働の面接指導は、会社が把握した労働時間等の情報をもとに対象者を選び、医師が面談で健康状態や疲労の蓄積を確認し、就業上の措置(残業制限、深夜免除、配置転換など)につなげる仕組みです。
厚労省の「医師による長時間労働面接指導 実施マニュアル」でも、
- 対象者の選定
- 実施前準備(場所、記録方法、チェックリスト)
- 面接の進め方(確認事項、会話例)
- 事後措置(医師意見→措置→情報提供)
まで一連で整理されています。
まず押さえる「対象者の考え方」
基本:会社は“健康管理のための労働時間情報”を整備する
面接指導は、対象者の抽出がすべての起点です。厚労省マニュアルでも「事業者による労働時間に関する情報提供→それを基に対象者選定」という流れが明示されています。
産業医面談の基準

厚労省の解説では、次のような目安が示されています。
- 月80時間超の時間外・休日労働:申出がなくても面接指導を実施するよう努める
- 月45時間超の時間外・休日労働:健康配慮が必要と認めた者には面接指導等が望ましい
事業者としては上記の面接指導の基準を満たした場合、面接の機会を作ることができる体制を作っておかなければなりません。実施に関しては本人希望ベースですが環境を整えておくことは必須です。
現場のコツ:
「義務ラインで声掛けだけ」だといつか過労死トラブルが発生します。“80超面談実施/45超は産業保健職のスクリーニング”にしておくと運用が安定します。
面接指導の「全体フロー」
長時間労働者面談はなんとなく実施しようとしていても継続性が無かったり、場当たり的な対応になりがちです。ルール化を行い流れを固定化しましょう。
例えば、以下の流れに固定すると、担当者が変わっても回ります。
- 労働時間データの確定(締め日+集計ルール)
- 対象者抽出(80超、45超+所見あり等)
- 本人への案内(申出・目的・守秘・流れ)
- 事前問診票・チェックリストの記入
- 面接実施(医師)
- 記録用紙の作成(医師)
- 報告書・意見書(就業上の措置)
- 事後措置(会社が決定→実行)
- 見直し(2週間後/1か月後などで再評価)
厚労省は長時間労働面接指導の様式例(事前問診票、記録用紙、報告書、チェックリスト等)を公開しています。
長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル|厚生労働省
【準備】人事・総務がやるべきこと
準備① 労働時間の“定義”を先に確認する
担当者レベルで労働時間の定義が曖昧になり、ごまかしや見落としが発生することがあります。社内の基準だけで判断を行い過労死などの事件が発生した場合は、労基署の調査が入り、厳しい指導を受けることがあります。
厳密に労働時間を計算することをおすすめします。
特に以下のポイントは注意してください。
- 在宅・移動・持ち帰り等の抜け漏れ
- 申告制にする場合のルール
- 管理監督者や裁量制の取り扱い(労働者として残業時間を管理することが望ましい)
準備② 対象者の抽出基準を「社内ルール化」する
厚労省マニュアルでも、法令規定に加えて「事業者が自主的に定める基準」も整理されています。
特に、中小企業においてはここを明文化しておかないと、毎月やる・やらない・不公平だといったクレームが発生し社内トラブルの原因になります。
以下によくある面談抽出ルールを掲載しておきます。Aに関しては必須級ですし、場合によっては70時間にしてバッファーを持たせる企業もあります。B・Cに関しては会社の温度感によって設定する企業も増えてきています。
A:月80超 → 原則面接
B:月45超+(睡眠不良、体調不良、欠勤増、ミス増 など所見)→ 産業保健職面談→必要なら医師面接
C:月45未満でも、本人希望・上司所見で拾う枠(例外枠)
準備③ 本人への案内文を作成する:面談のハードルを下げる工夫
対象者が決まったら、本人へ面接指導の案内を行います。ここで重要なのは、面談に対する「心理的ハードルを下げること」です。対象者は疲労困憊している上に、「怒られるのではないか」「評価に響くのではないか」と不安を抱えていることが少なくありません。
案内に必ず以下の項目を盛り込み、安心感を与えましょう。
- 面接の目的:「業務指導」ではなく、「健康確保」と「就業上の配慮の検討」が目的であることを明記します。
- 記録の作成と共有範囲:「面談内容は記録されますが、職場(上司など)に共有されるのは“配慮に必要な最小限の情報”のみです」と明示し、プライバシーが守られることを約束します。
- 持参してほしい情報:睡眠時間、現在の生活リズム、服薬状況など、事前に整理しておいてほしい情報を“必要最小限”で伝えます。多くを求めすぎると、それ自体が負担になります。
準備④ 面談枠の取り方:繁忙期でも可能なスケジューリング
面談の調整は、人事労務にとって非常に骨の折れる業務です。都度調整をしていると、繁忙期には確実に破綻します。「固定のルーティン」を作ってしまうのが最大のコツです。
- スケジュールの固定化:「月末で勤怠を締める」→「翌週第1週に超過者を抽出・案内」→「第2〜3週の木曜午後に面談枠を固定」といったように、毎月の運用サイクルを自動化します。
- 場所と環境の確保:オンラインでの実施も可能ですが、その際は本人が「周囲に聞かれない環境」を確保できるかどうかが重要です。オフィス出社時の場合は、必ず防音性のある会議室や面談室を押さえましょう。
準備⑤ “事前問診票”で面談の質を劇的に上げる
面談時間は限られています。厚生労働省のマニュアルにもある「事前問診票」や「疲労蓄積度チェックリスト」を必ず活用しましょう。

これは、面談で聞く項目を減らすためではありません。基本情報を事前に把握しておくことで、面談の時間を「事実の羅列」ではなく「状況の深掘りと配慮の判断」に集中させるためです。チェックリストで点数が高い項目から質問を始めれば、スムーズに本質に迫ることができます。
【実施】医師面接の進め方

医師による面接指導は、属人的になりがちですが、厚労省マニュアルの「確認事項」に沿った以下の5ステップで進めると、最もブレがなく、質の高い面談になります。
Step1:冒頭(目的・安心・守秘) 最初の30秒で面談の空気が決まります。対象者の警戒心を解くための魔法のフレーズです。
「今日は健康確保のための面談です。就業上の配慮を検討するために必要な範囲で記録を取りますが、職場に共有するのは“配慮に必要な最小限”だけなので、安心してお話しください。」
Step2:労働時間の事実確認(“実態”を見る) 勤怠データだけでは見えない「働き方の実態」を確認します。 自己申告の残業時間との乖離はないか、夜勤・休日出勤の頻度、突発的な対応やオンコール(連絡待ち)の有無、そして何より「適切な休憩が取れているか」をヒアリングします。
Step3:疲労蓄積・睡眠・生活(リスクの核) 過労リスクの核となる部分です。特に「睡眠」は最重要指標です。 単なる睡眠時間だけでなく、「寝付きは悪くないか」「途中で目が覚めないか」「休日に寝ても疲れが取れる感覚(回復感)があるか」を深掘りします。食欲や体重の変化、飲酒量・カフェインの増加も重要なストレスサインです。
Step4:心身症状(危険サインのチェック) 見逃してはならないレッドフラッグ(危険信号)の確認です。 胸痛、息切れ、動悸、強い頭痛、めまいなどの身体症状はもちろん、「強い抑うつ」や「希死念慮」がないかを確認し、必要があれば即座に緊急対応(専門医への受診勧奨など)に切り替えます。
Step5:就業上の措置(“具体化”が勝ち) 面接のゴールは、会社が実行できる具体的なアクションを決めることです。医学的に正しいだけの抽象的な説明では、現場は動けません。
- 悪い例:「残業を控えることが望ましい」
- 良い例:「当面1か月間、時間外労働は月20時間以内。深夜勤務は除外。2週間後に産業医が再評価する」
【記録】報告書・意見書の書き方
面接指導の記録は、5年間の保存義務があり、万が一の労災発生時には重要な証拠(説明責任の根拠)となります。厚労省の様式例をベースに、以下の項目立てで「公式に近い」型を作っておくのが最も強い運用です。

【報告書(面接指導の結果)】
- 労働時間等の状況
- 疲労蓄積度(チェックリスト等の結果)
- 心身の状況(※就業判断に必要な範囲にとどめる)
- 指導内容(本人への生活指導・受診勧奨など)
- 事後措置に必要な情報(※プライバシーに配慮し最小限に)
【意見書(就業上の措置)】
- 就業区分(通常勤務/就業制限/要休業)
- 具体的配慮(数値・期間を明記)
- 見直し日
- フォロー方法(誰が、いつ、どのように確認するか)
事後措置
面接を実施して意見書をもらっても、現場の働き方が変わらなければ意味がありません。中小企業で最も詰まりやすいのがこのフェーズです。「会社側のアクション(ToDo)」を明確にしておく必要があります。
- 医師意見の受領ルートを固定: 誰が意見書を受け取り、判断を下すのか(人事責任者など)を明確にします。
- 情報共有は「最小化」: 現場のマネージャーに伝えるのは「病状の背景」ではなく「必要な配慮(残業上限など)」のみです。
- 勤怠システムへの落とし込み: 「残業をさせない」という口約束ではなく、勤怠システム上でアラートを出したり、物理的に深夜のシステムログインを制限したりと、ルールに落とし込みます。
- 見直し日のスケジュール確保: 意見書に書かれた「2週間後」「1か月後」の再評価スケジュールを、この時点でカレンダーに押さえてしまいます。
実務で注意すべき落とし穴10選
実務を回す中で陥りがちな10の落とし穴です。これらを事前に潰しておくことで、制度の形骸化や労務トラブルを防ぐことができます。
- 実態との乖離: 在宅勤務、移動時間、持ち帰り残業が労働時間データから抜け落ちている。
- 対象者の取りこぼし: 「義務ライン(80時間超等)」だけを見て抽出しており、45時間超+所見ありのハイリスク者を見落としている。
- 制度の形骸化: 本人が不利益を恐れて面談を申し出にくい雰囲気がある。
- 面談の質の低下: 面談が単なる説教や雑談で終わり、具体的な就業判断に結びついていない。
- 記録の不備: 記録が単なるメモ書き程度で、5年保存やいざという時の説明責任に耐えられない。
- 現場が動けない意見書: 医師の意見書が「残業配慮」などと抽象的すぎる。
- 配慮の永続化: 期限が設定されていないため、配慮状態がダラダラと続き、現場の不満につながる。
- 情報漏洩リスク: 職場への共有事項にプライベートな背景を書きすぎ、情報事故になる。
- 実行力不足: 措置を決めただけで、実際の勤怠ルールや業務の再設計に落とし込めていない。
- フォローアップの欠如: 見直し日が設定されておらず、体調が改善しても制限が解除されない、あるいは悪化してもフォローされない。
まとめ
長時間労働の面接指導は、残業・休日労働が多い労働者の健康障害を防ぐために、医師が勤務状況・疲労蓄積・睡眠や心身症状を確認し、就業上の措置へつなげる仕組みです。
成功の鍵は準備で、労働時間の定義と集計ルールを統一し、案内文で目的・守秘・共有範囲を明確にし、事前問診票で睡眠、生活、既往、危険サイン(胸痛・動悸・強い抑うつ等)を把握しましょう。
面談では事実確認→リスク評価→措置提案の順で進め、“数値+期限+見直し日”を必ず入れて具体化します。
面談後は記録と送付ログを残し、職場へは配慮だけを共有。人事が実施状況を確認し、2週〜1か月で再評価を回すと安定します。
テンプレ(記録用紙・報告書・意見書)を統一し、版管理と期限アラートまで仕組み化できると、繁忙期でも“やっただけ”を防げます。ぜひ参考にしてみて下さい。

