Profile:株式会社きしもと産業保健事務所代表取締役。精神科専門医・日本医師会認定産業医・産業保健法務主任者。宮崎大学医学部卒業後都内精神科病院で研鑽を積んだ後、東京大学医学部付属病院で精神科医として活躍。その後も様々な医療機関に従事した後、株式会社きしもと産業保健事務所を設立。現在は東京都国立を中心に産業医活動を行っている。
ーー本日は精神科医で産業医の岸本雄先生にインタビューをさせていただきます。担当はさんぽちゃーと編集部が担当させていただきます。
岸本先生:こんにちは。本日はよろしくお願いします。産業医の岸本です。
ーーご経歴を拝見させていただきました。もともと精神科医として活躍されていたそうですね。なぜ産業医としての活動を始めたのですか?
岸本先生:一番のきっかけは義兄を労災で亡くしたことです。義兄は3人の子供を抱え、まさに働き盛りの人でした。当時は妻とともに「こんなことって起きていいのか…」と愕然としたことを覚えています。そこから「なんで労災が起こるんだ?」「どうしたら防ぐことができるんだ?」と考えるようになって『産業医』という仕事があることを知りました。
ーー「朝元気に出発して、無事に家に帰ってくる」という大前提が職場の安全衛生の基礎の部分になりますね。
岸本先生:そういった「働く人の当たり前の日常」を支える仕事をしたいと思ったんです。
ーー精神科の臨床現場から職場という環境に進出して印象はどうでしたか?
岸本先生:精神科の臨床のみをしていたころは、患者さんの視点だけでものごとをみてしまう癖がありました。「なんてひどいブラック会社だ!」って一緒になって怒ったこともあります。ただ産業医としての視点を持つようになると、現場の人たち、人事労務の人たちが、どれほど心を砕きながら休職者の人たちと接しているのか、少しずつ見えるようになりました。
ーー産業医は両方の立場から仕事をすることが大切ですよね。
岸本先生:私は「精神科の主治医」としての経験が長いですから、今の自分が本当に『フェア』な視点でものごとを考えているか?バランス感覚はどうか?といつも意識するようにしています
ーー精神科医であり産業医でもあるというところで視点の切り替えが必要なんですね。
岸本先生:そこが一番難しかったりします。例えば産業医面談をしている場面でも、ふっと精神科医として「診断」してしまいそうになります。「精神科的な問題を解決したい」という思いがちらつくこともがあります。ただ、これは産業医の分野ではご法度ですし、足元をすくわれます。
自分が勝手に診断してしまうと、職場の方も同じような色眼鏡で従業員さんを見てしまい、こじれのきっかけになることがあります。「依存症だ」と決め打ちしてそこの問題ばかり見ていると、飲酒のきっかけになった過重労働の問題を見落としかねません。だからこそ精神科的な診断・治療は病院の先生に譲って、産業医として「今現場で起きている職場での問題」に目を向けるよう意識しています。
ーー1歩身を引いて産業医としての立場を大切にしているのですね。
岸本先生:そうですね。だからこそ主治医との連携が大切になります。働く現場で起きている問題点、診察室の外での従業員さんの姿、現場の人たちの思い、そういったことをきちんと主治医にお伝えするのも産業医の仕事だと思っています。
ーー精神科医としての経験が産業医業務に活きることはありますか?
岸本先生:大きく3つあると思っています。
1つ目は大まかな病気の特徴と経過を知っていることです。一般論としての治療経過を情報提供するだけでも、休職期間の大まかな見立てを知ることができ、人事労務の方も安心されることが多い印象です。また、診断は下さないものの発達特性(発達障害の特徴のこと)をお持ちの方にはどのように接したらいいのか、こじれるポイントがどこかアドバイスすることも可能です。
2つ目は薬の副作用についてもある程度経験があることです。副作用の結果、今後どのような危険性が生じる可能性があるか?現場の方にも情報共有できると、本人だけでなく一緒に働く人達も安心して業務に取り組めます。
3つ目は個人的に信用できる医療機関がどこか知っていることです。大人の発達障害に力を入れている病院、リワークに力を入れている病院、依存症やてんかんに強い病院など、いざ大切な従業員さんを医療機関に繋げないといけないときに、ある程度自信をもって紹介できます。
ーー心の問題は労災認定においても右肩上がりでますます注意が必要になってきていますね。いざ職場でトラブルが発生した時、相談すべきかどうかの見極めは誰がするとよいでしょうか?
岸本先生:基本的に本人以外で「困ったなあ」と最初に感じるのは身近にいる上司や同僚だと思うんです。だから、末端の現場で「困った」が起きたら、私は遠慮なく相談してもらえたらと思います。いわゆるラインケア(※)の考え方に近いかもしれないですけど、現場だけで解決しようとしたり、「まだ早いかも」と無理に抱え込もうとすると、こじれたり後手に回るパターンが多いように思います。
※メンタルヘルス4つのケアの1つ。職場上司が早期の段階で部下の不調に気が付き産業医・保健師・心理士への相談につなげていく考え方。
ーー現場の方の意見が大切なのですね。
岸本先生:従業員さんが働く場所は「現場」なわけですから、そこでトラブルが起きているのであれば、何が原因なのか、積極的に情報収集をしないといけないですよね。
ーー積極的に産業医に情報を提供して働きやすい職場を作っていきたいですね。人事の担当者の方が多く見ているメディアですが、産業医との連携をうまく行うコツなどはありますか?
岸本先生:嘱託産業医はあまり十分な時間を確保できないことが多いです。だからこそ困りごとが発生したらなるべく早く『訪問前』に情報共有してもらえればと思います。いつからどんな困りごとが生じていて、どの位業務に支障が生じているのか?会社としてはどういう対応を期待しているのか?事前に情報があればより連携がスムーズになります。
ーー情報の共有をためらう担当者の方も先生のように言っていただければ安心ですね。
岸本先生:メールでも電話でも結構です。気軽に相談していただければと思います。意外に思われるかもしれませんが産業医の方も、初めて事業所に向かう時には「ここで自分にできることはなんだろう」「どんな風にお役に立てそうかなあ」と若干不安だったりするんです。だからお互い、遠慮なくものを言い合える、話しやすいような雰囲気、関係性を作れるといいんじゃないかなと思います。
ーーこれから産業保健を始める人へのアドバイスは何かありますか?
岸本先生:私個人としてはスーパーバイザー(指導者)を立てておくことをお勧めします。ほとんどの産業医は一人で業務にあたることが多いです。真剣に取り組もうとするほど「このやり方、考え方でいいんだろうか?」と迷ってしまう場面が出てきます。そういう時に相談できる指導者、もしくはちょっと先を行っている先輩がいると心強いと思います。
ーー本日はインタビューに応じて頂き大変ありがとうございました。産業医の考え方がとても伝わってきました。岸本先生に産業医業務をお願いしたい方はぜひHPをチェックしてみてください。