産業医意見書を現場の上司に共有する際、情報を「誰に・どこまで」共有するかを精査しないと、後々大きなトラブルの温床になります。一度共有された情報は、後で「しまった」と思っても無かったことにはできません。
本記事では、プライバシーを守りながら適切な就業配慮を実行するための「書かないことリスト」「安全な言い換え術」、そして人事担当者が産業医と上手に連携するためのノウハウを網羅しました。
なぜ意見書の「書きすぎ」は危険なのか?

意見書を共有する最大の目的は「病気の詳細を知らせること」ではなく、「本人が安全に就業するための具体的な配慮を伝えること」です。
詳細すぎる健康情報の共有には、以下のリスクが伴います。
- プライバシー侵害のリスク: センシティブな健康情報は、本人の同意なく共有してはいけません。
- 不当な評価やレッテル貼り: 「うつ病」という言葉だけで「もう重要な仕事は任せられない」と現場が勝手に判断してしまうリスクがあります。
- 心理的安全性の低下: 「あんなことまで共有されるとは思わなかった」という不信感から、次回以降の面談で本音を話してもらえなくなります。
【基礎編】職場共有用に「基本的に書かないこと」リスト
病名や症状ではなく、「今の状態から生じる、業務上の制限や必要なサポート」にフォーカスして記述するのが鉄則です。
| 書かないこと(NG項目) | 具体例 | 書いてはいけない理由(リスク) |
| 病名・診断名 | うつ病、適応障害、高血圧、発達障害の傾向 | 現場の偏見を生むため。配慮の実行に病名は不要。 |
| 検査値の詳細 | 血圧160/100、HbA1c 8.5% など | 医療従事者以外は正しく評価できず、不安を煽るため。 |
| 通院・治療の詳細 | クリニック名、処方薬名、カウンセリング内容 | 極めてセンシティブな個人情報であり就業配慮に無関係。 |
| 家庭事情 | 離婚調停中、親の介護の深刻度、借金問題 | 職場の人間関係に悪影響を及ぼす可能性が高いため。 |
| 本人の発言の詳細 | 「上司の〇〇さんがパワハラだ」等の生々しい発言 | 事実確認が不十分なまま伝わると人間関係が悪化するため。 |
【実践編】シーン別・安全な言い換えフレーズ集
「病状」を「必要な配慮(アクション)」に変換するのがポイントです。
メンタルヘルス・疲労関連
- 「精神的不調のため」 → ○ 「心身の負担軽減が必要なため」
- 「抑うつ症状が強い」 → ○ 「現在、疲労・集中力低下がみられるため」
- 「不眠で睡眠薬を服用中」 → ○ 「疲労回復のための休息時間確保が望ましいため」
身体疾患・生活習慣病関連
- 「糖尿病の悪化による通院治療中」 → ○ 「体調の安定と健康管理を優先する必要があるため」
- 「腰痛(ヘルニア)がひどいため」 → ○ 「長時間の同一姿勢や重量物の運搬を避ける配慮が必要なため」
職場の人間関係・ストレス関連
- 「上司との関係が悪く適応障害を発症」 → ○ 「心理的負担を軽減するため、業務の指示系統の整理や相談しやすい環境づくりをお願いしたいため」
【人事向け】産業医の「書きすぎ」を見抜き、軌道修正する技術
産業医は「医療のプロ」ですが、必ずしも「企業組織のプロ」ではありません。良かれと思ってカルテのように詳細を書きすぎてしまうことがあります。人事はその「書きすぎ」に気づき、産業医のプライドを傷つけずに調整する役割が実は重要です。
人事がチェックすべき「レッドフラッグ(危険信号)」
- 医学的すぎる: 「〇〇の数値が異常」「抗うつ薬を増薬」など、医療従事者にしかわからない情報。
- 主観や原因探し: 「〇〇氏の威圧的な態度が原因で~」など、事実確認が取れていない本人の主観。
- 配慮ではなく感想: 「とても辛そうでした」「休ませてあげてください」など、会社としてのアクションが不明確。
産業医へ修正を促す「魔法のキラーフレーズ」
ストレートな否定は避け、「本人が職場で不利益を被らないため」「現場が正しく配慮を実行するため」というスタンスで依頼します。
- 病名が詳しすぎる時:「先生、詳細な状況をお知らせいただきありがとうございます。ただ、このまま現場に共有すると、医学的知識のない現場が『うつ病』という言葉に過剰反応し、本人が働きづらくなる懸念があります。現場向けには『就業上必要な具体的な配慮』にフォーカスした表現に調整していただけないでしょうか?」
- 愚痴や主観がそのまま書かれている時:「ヒアリングありがとうございます。ただ、この表現が直接現場に伝わると、かえって職場の人間関係をこじらせ、復帰の妨げになる可能性があります。『心理的負担を減らすための環境調整が必要』といった行動ベースの記載に留めていただけないでしょうか?」
トラブルを防ぐ!事前の同意取得と共有の仕組みづくり
本人同意の3ステップと文例
面談の最初の段階で、情報の取り扱いについて本人の同意を得ることが信頼関係構築の鍵です。
「会社があなたへの配慮を実行するために必要な範囲で、就業上の意見書を職場に共有します。共有するのは『どのような業務上の配慮が必要か』という点のみであり、病名やプライバシーの詳細がそのまま共有されることはありません。提出内容は事前に〇〇さん(ご本人)に確認していただきますのでご安心ください。」
現場(上司)へ渡すときの添え言葉
意見書を現場に渡す際は、以下の一言を添えてクギを刺しておきましょう。
「この意見書は配慮を実行するためのものです。記載されている内容(配慮事項)以外で、本人の病状などを根掘り葉掘り聞き出すことは控えてください。また、情報の取り扱いは必要不可欠な関係者のみに留めてください。」
まとめ:根本的な解決策も手段
意見書を人事用・職場共有用とを分けて作成することで、意見書に記載する情報を制限するといったルール上の運用を改めて定めることで構造的に情報の流出を防ぐことも可能です。
また、産業保健カルテシステムを活用することで、共有してはならない情報が意見書に混ざらない仕組みを作ることも有用です。
産業医意見書には非常に機微な情報が含まれるため、産業医・人事労務担当者が共同しながら従業員を守る仕組みを作っていくことが必要です。


